離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 申し訳なさそうにする私に、黎人さんはサラッとそう返す。
 湯上りの黎人さんは、目に毒なほど色っぽく、いつも少し耳にかけている髪の毛がすべて下りているのが、新鮮だ。こうしてみると、角度によっては少し幼くも感じる。
 母が渡した紺地の浴衣をゆったりと着こなして、大人の色気を醸し出している黎人さんを、思わずじっと見つめてしまう。
 ……彼が帰ってきてから、もう二回も助けられてしまった。
 黎人さんは冷たいのか、優しいのか、どっちなのか分からない。
 でも、彼に親密な女性がいることは事実なのだ。惑わされてはいけない。そう思う度に、胸の奥がギュッと苦しくなる。
 こんな人と、また同じマンションで過ごすなんて、考えたくもない。
「もう寝たのか、小鞠は」
 突然問いかけられ、私はビクッと肩を震わせた。
 黎人さんはベビーベットにそっと近づくと、小鞠の寝顔を覗き込んでいる。
「寝顔が花音そっくりだな。知らなかった」
「え……」
 そんなに優しい声を、初めて聞いた。
 驚いた私は、なんて言葉を返したらいいのか分からずに固まる。
 そんなことも知らずに、黎人さんは話し続ける。
「マンションの掃除の手配を一応来週にはしておく。小鞠の必要品も家政婦に用意させておくから、リストをもらえると嬉しい」
「……本当に、一緒に暮らす気なんですか」
「君にその気がさらさらないのは分かっている。でも、ここで拒んだら周囲に怪しまれるぞ」
「黎人さんが離婚届を早く出してくださればいいだけのことです」
「……ハ、その通りだ」
 何がおかしいのか、私が瞬時に返した冷たい言葉に、黎人さんは少しだけ笑った。こんなに笑う人だったっけ……?と思いつつも、私は不機嫌な顔を崩さないようにする。
 完全に本性を出し切っている私の態度が、そんなにおかしかっただろうか。
 気が立っている私の布団には近づかずに、黎人さんは、ふと私の部屋に置かれていた、額縁入りのお免状を見つけた。
「そうか、ようやく努力が実ったんだな」
 そうぽつりとつぶやかれ、私は拳を握りしめる。
 本当はお免状を取れた日にあなたに電話をしようとしていたけれど……なんて、口が裂けても言えない。
 電話に出た女性のことを問い詰めたら、彼はどんな反応をするのだろうか。
「この前のホテルのお花。コンセプトにすごくマッチしていた」
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