離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~

縮まらない距離 side黎人

▼縮まらない距離 side黎人
 やってしまった。
 花音の素の笑顔があまりにも可愛くて、つい流れるようにキスをしてしまった。
 あれから花音と一切会わずに一カ月が経ち、明日から同棲再開となっているというのに。
 それなのに、こんな空気でいいのだろうか。いいわけがない。
 分かっているけれど、花音とどんな風に距離を縮めたらいいのか、考えあぐねていた。
 マンションに一緒に住む流れになったのは、完全に家元の提案で、俺自身も予期せぬこと。いつか時間をかけて……と思っていたが、ずっと別居し続けるのは確かに周囲にとっては疑問だろう。
 引っ越しの手配や、マンションの掃除、小鞠の部屋づくり、育児用品の手配はすべて終えているが、花音が本当に来てくれるかどうかは定かではない。両親に離婚したいことをカミングアウトして、この引っ越しを強制的に止めるかもしれない。
 花音が何ひとつ納得がいっていないことは分かっているが、俺自身もどう動いたらいいのか分からずにいた。
 ……完全に、出会った頃の関係値に戻ってしまった。
 眉間に自然と皺が寄っていくのを感じながら、社長室で秘書が淹れたコーヒーをひとり飲んでいると、コンコンとノック音が響いた。
 返事をしなくても、この部屋にアポなしで軽々しく入ってくる人物は、アイツしかいない。
「兄さん、花音さんとはうまくいってる? 明日からまた一緒に住むんでしょ?」
 予想通り、弟の仁が職場にやってきた。仁は別会社である、旅館経営の社長を務めている。会社が近いため、たまにこうして就業間近にうちの会社に立ち寄ってくる。
 俺とは似ても似つかない人懐っこい性格で、容姿も黒髪にゆるいパーマで、一見大学生のようにすら見えるほど童顔だ。
「花音とは、ここ一週間は口を聞いてないな」
 素直に答えると、仁はハハッと軽く笑って、俺と花音の関係性を茶化す。
「相変わらず仮面夫婦ってやつ? 兄さん見てると本当結婚願望薄れるよ」
「そうか、よかったな」
「帰ってきたらパパになってた感想はどう? 子供可愛い?」
 そう問いかけられ、俺は書類を見ながら沈黙する。
 小鞠のことは、一目見た瞬間、表現しがたい感情に襲われたことを覚えている。
 可愛い、愛おしい、守ってあげたい、という気持ちが一気に混ざりあったような……。
 しかし、俺は肝心な時に花音のそばにいてあげられなかった。
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