離婚するので、どうぞお構いなく～冷徹御曹司が激甘パパになるまで～

　それから、ぞくっとするほど艶っぽい声で、再び耳元で囁かれた。
「もう少しこのまま」
「なっ……、離してください」
　体をねじって抜け出そうとするけれど、到底男性の力には適わない。
　自分の心臓がドッドッと激しさを増している事実に、耐えられない。
　……私は黎人さんを、どうしてもまだ“意識”してしまう。
　どうして、こんなに裏切られても、自分の心臓は思うように動いてくれないんだろう。
　情けなくて、悔しくて、彼の顔が見えないのをいいことに、つい皮肉交じりな言葉が溢れた。
「離れていくと思ったから……、手離し難くなっただけですよね」
「……花音？」
「その感情は、きっと一時的なものです。そんなものに、私はもう二度と振り回されたくない……っ」
　絞り出すようにそう言い放つと、部屋に静寂がこだました。
　小鞠が私の腕の中でうとうとし始め、彼女の存在だけが心の支えになっている。
　私は、強くならなくてはならない。この子のために。
　愛に振り回されて、自分を見失っている場合ではない。
　――今、不倫のことを彼に問い詰める事は簡単だ。でも、それは“普通の夫婦”だったらの話。
　私たちは、“愛”なんてないことを了承した上で、一緒になった。

　それなのに、不倫が原因で離婚したいなどと知られたら、それはつまり、私の中には彼への“愛”があったことを認めることになってしまう。

　黎人さんへの想いが一ミリもなければ、不倫なんて簡単に見過ごせること。
　でも、私はそれができなかった。
　彼を……、愛していたから。
「離してください……っ」
「離さない」
　涙声で懇願するも、震える私の体を、黎人さんはより一層強い力で抱きしめた。
　絶対に、認めてやらない。教えてやらない。あなたへの感情なんて、絶対に。
　強がりでも何でもなく、これは私の最後の意地だ。
　だって黎人さんへの想いがバレたら、私はもっともっと惨めになってしまう。そんなのは嫌だ。……嫌だ。
「手離すのが惜しくなったんじゃない。離れていく間際しか、本当の花音が見えなかったんだ」
　不意に、彼の少し弱々しい声が頭上に降ってきた。
　私は驚き、つい身動きを止め、彼の次の言葉を待つ。