離婚するので、どうぞお構いなく～冷徹御曹司が激甘パパになるまで～

　驚き思わず声をあげると、黎人さんは苦笑しながら「そういうもんだろう、ああいう人間は」と達観して吐き捨てた。
　なんだ……。そうだったのか。
　傷心したまま長年勤めた会社を去った彼女のことを想像していたから、随分イメージとはかけ離れていた。
　呆れて口をあんぐり開けたまま言葉を失っていると、黎人さんが私の頭の上にぽんと手を置いた。
「たくさん、嫌な思いをさせたな」
「えっ……」
「もうあんな思いはさせないから」
　優しい瞳と、優しい言葉に、思わず涙腺が緩む。
　お手伝いさんもいるというのに、終始甘い黎人さんの様子に、たじたじになってしまう。
　そうそこうしているうちに、広尾のマンションに着いた。
　お手伝いさんたちとは、ここでさよならだ。
「お送りありがとうございました」
「お部屋までお荷物お持ちしなくて本当に大丈夫ですか」
「大丈夫です。助かりました」
　二人のお手伝いさんに笑顔でお礼を伝えると、私はゆっくり車の扉を閉める。
　その様子を黙って見ていた黎人さんが、振り返るとなぜか優しく微笑んでいた。
「行こう、花音」
「あっ、荷物持ちます！」
　黎人さんは病み上がりなのに全ての荷物を片手でひょいと持って、スタスタとマンションの中に入ってしまう。
　エレベーターに乗り込むと、空いているほうの手で、黎人さんが私の手をぎゅっと握り締めてきた。
　突然のことにドキッとして何も反応できないまま黎人さんの顔を見上げると、彼はまた、優しい瞳で私のことを見つめていた。

　パチンと電気を点けると、見慣れた広いリビングが目の前に広がる。
　日当たりがいいので、カーテンを開けたら十分すぎるほど部屋が明るくなった。
「この部屋に二人きりなの、何だかすごく久々ですね」
「たしかにな」
　ひとまず荷物を置いて、どぎまぎしながらぎこちなく会話を続ける。
　黎人さんとの誤解が解けてから、ようやくこの家で二人きりになれた。
　緊張していることがバレないように、“夫婦らしい”日常会話を必死に頭の中で考える。
「お、お昼はどうしますか。何か食べたいものありますか」
　そう質問すると、ぎゅっと背後から抱きしめられた。
　黎人さんの香りに包まれて、心臓がどきりと跳ね上がる。