離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 私は慌てて旅館のすぐそばにある和食屋さんに向かうと、個室で待ってくれていた彼にすぐさま頭を下げる。
「仁さん、待たせてしまい申し訳ございません……!」
「あ、無事終われたんだね。お疲れ様」
 遅れてきた私を見てもひとつも嫌な顔をせず、仁さんは「はい」とメニュー表を見せてくれる。
 お豆腐が有名なお店のようなので、私は一番定番そうなセットをすぐに頼んだ。
 走ってきたせいなのか、まだ話し慣れていない仁さんと二人きりなせいなのか、どっちが理由か分からないけれど、心臓はバクバクと拍動している。
 何とか向かいの席で呼吸を整えていると、仁さんがじーっと私の顔を見つめていることに気づいた。
「な、何でしょうか……」
「いや、こんなにしっかりした子だったんだなーって。さっき驚いたよ」
「えっ」
「ありがとう、うちの旅館のために真剣になってくれて。作品観させてもらったけど、ぐわーって迫りくる何かを感じて、感動した。上手く言えないけど」
 仁さんの素直な感想に、私は嬉しくなってつい「本当ですか」と目を輝かせてしまった。
 あれ、前にもこんなこと、黎人さんともあったような……。
 つい仕事を褒められると嬉しくて、子供のような反応をしてしまう。
 にやける口元を手で押さえていると、仁さんはまた私の顔をじっと見つめてきた。
「なるほど、兄さんが手離さない理由が分かった……」
「ふふ、何ですかそれ」
「待って、その笑顔。俺にも普通に効くから気を付けた方がいいよ」
 仁さんは照れたような表情で口元を手で隠し、なぜか私から目を逸らしている。
 リップサービスなのか分からないけれど、ここは冗談と受け取って笑っておくところだろう。そう思い、私は小さく笑って流した。
 そうこうしている間に食事も届き、私たちは当たり障りのない会話をした。
 本音を言うと、元婚約相手だったということもあり、会うのは気まずいという気持ちが強かったけれど、私の知らない黎人さんの話が聞けて嬉しい。
 でも、ちゃんと話してみたかったと言っていたことに、何か深い意味はないのだろうか。ほぼ初対面の義理の妹と二人きりで食事だなんて、あまり気乗りはしないだろうに……。
「あの、仁さん。今日は他に何か用事があってランチに誘ってくださったんでしょうか……?」
 ふとそんな質問を投げかけると、仁さんは少し気まずそうに斜め上を見上げる。
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