離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 花音は小鞠を抱えながらベランダの外に出ると、「ちょっと海の近くまで行かない?」とはしゃいでいる。
 俺は手に持っていたカメラをしまって、「今行く」と伝えた。
 サンダルの隙間からさらさらと生ぬるい砂が入ってくる。
 ゆっくり聞こえてくるザーザーという波音、二人の髪の毛を揺らす潮風、青い海をオレンジに染めていく夕日。
 こんなにゆったりとした気持ちになれたのは、いつぶりだろうか。
「黎人さん、海の水、冷たくて気持ちいいですよ!」
「波の高さに気を付けて」
「はーい。小鞠、初めての海だねー。気持ちいいねー」
 飛行機で宮古島に着いたのがお昼過ぎだったので、もうだいぶ日は落ちてしまっている。明日晴れたら、三人で海に入る予定だ。
 まさか花音がこんなに海ではしゃいでくれるなんて思っていなかったので、俺はただただ幸せな気持ちで見守っている。
 小鞠と花音の髪が夕日に透けて、キラキラと輝いて見える。
 この光景を目に焼き付けて、忘れないようにアメリカへ発とうと、ひっそり思っていたところ、座っている俺の元へ花音が何かを持って近づいてきた。
「見てください、この貝、すごく綺麗な紫色で可愛いです」
「……花音、あんまり海には来たことがなかったのか?」
「あ、はい。父が山派だったので、人生で二度目くらいですかね……? 水着を着ることも禁止されていたので……。すみません、はしゃいでしまって」
「そうだったのか」
 花音が筋金入りの箱入り娘であることを、改めて知った。
 大学生時代、俺は割と好き勝手に海外へひとりで旅行に行っていたけれど、花音はきっとお花の勉強づくしだったんだろう。
 花音には悪いけれど、そのお陰で花音に悪い虫がつかなかったことを、心の底からよかったと思う。とくに、仁みたいなやつに目を付けられなくてよかった。
 ふっと小さく笑っていると、小鞠を抱きかかえながら隣にすとんと座った花音が、首を傾げている。
「何に笑ってるんですか?」
「いや、幸せだなと思って」
「ほんと黎人さんて、そういうことサラッと言っちゃいますよね……」
「もっと恥ずかしがらせようか」
 照れくさそうにしている花音の手を取って、俺は真剣な顔で花音の顔を見つめた。
 今にも溶けそうな夕日が、彼女の瞳すらもオレンジ色に映し出している。
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