俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい
「奈々、きっとお金出せって言ってるのよ。弁償しろ、みたいな? だからお金渡して許してもらおう?」

「う、うん、そうだね」

はたしていくら渡せばいいものか、悩みながら奈々がショルダーバッグから財布を取り出そうとしたとき、横からすっと腕が伸びてきて財布を出すのを止められた。驚いて顔を上げると、背の高いスーツを着た男性がサングラス越しにこちらを睨んでいる。

「こんなところで易々と財布を出すな。すべて取られるぞ」

冷たく言い放たれたのに、その低く落ち着いた声音に奈々はまるで時間が止まったかのようにその場で動けなくなった。流ちょうな日本語は、彼が日本人であるかを証明してくれる。顔はサングラスでよくわからないけれど。

彼はスーツのポケットから札を何枚か取り出し怒鳴り散らしている男に握らせると、何か英語でしゃべった。奈々と朋子には一体何が起きているのかさっぱりわからなかったが、盛大な舌打ちと共に男が去っていったので彼が何かしら撃退してくれたことだけは理解した。

「すみません、ありがとうございました」

「ツアー客ならちゃんと団体行動しておかないと変なヤツに絡まれる。海外は日本と違うんだからな。覚えておけ。あと、眼鏡はグラスじゃなくグラッシーズだ」

サングラスを掛けているのでしっかりとした表情は読み取れない。ただ、睨まれていることだけはわかる。奈々と同じくらいの年代に見えるのに、ずいぶんと海外慣れしているように見受けられた。彼はふんと鼻で笑うと、そのまま人の波へ消えていった。

「奈々ぁ、怖かったよぅ~」

朋子が奈々にしがみつきぐじゅぐしゅと泣く。そうこうしているうちにようやく現地ガイドが騒動に気づいて駆けつけ、奈々と朋子は無事に団体の輪の中に戻ることができた。

この後、彼の言いつけ通り団体行動乱さず楽しい旅行になったが、妙に説教くさく叱られたその出来事が奈々は忘れられなかった。
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