可愛すぎてつらい

17.デート

 フレッドに向けられる女性の視線に、ヤキモキするという初めての感情に戸惑ったチェルシーだったが、それでもフレッドとあてもなく街を歩くのは楽しかった。
 元々ショッピングは好きだけれど、友達や家族と出かけるのとはまた違った感情でフワフワと足元が浮いているようだ。フレッドはそこにチェルシーしか居ないかのように、彼女しか見ていない。それが嬉しくてこそばゆい。

 チェルシーが興味を引くところには文句を言わずついてきてくれるし(元々口数は少ないが)、弟を買い物に付き合わせたときのように早く帰りたがる素振りも見せない。それどころか優しく見つめているのを、帽子を合わせている鏡越しに見つけてしまって頬に熱が集まった。

 フレッドがチェルシーを大切に想ってくれているのがよく分かる。触れる手つきはあんなにも優しくて熱い。どうして今まで隠していたのだろう。どうして今まで気付かなかったのだろう。
 もっと早くそうだと言ってくれれば、知っていればチェルシーだって彼にもっと甘えたはずだ。熱っぽい雰囲気になれば甘えられるが、普段のフレッドに甘えるのはまだハードルが高い。冷めた目で見られたらと思うと二の足を踏んでしまう。ちっとも会話のなかったあの日々はまだ記憶に新しい。

(もう少し様子を見てみたほうがいいかしら)

 チェルシーのことを特別だとか大切だとかは言ってはくれるが、肝心なことは何一つ聞いていない。確かにチェルシーだって今でこそ、フレッドのことを好きになりかけているけれど、それを言葉に出すのは些か恥ずかしい。

 もしかしたら家族として、特別に想われているだけかもしれないし。だとしたらあんなキスをするなんておかしいけれど。グルグルと堂々巡りで、結局考えなんて纏まらない。

 決定的なことは分からない。なんせチェルシーには恋愛経験が皆無なのだ。自身のフレッドに対する感情ですら、しっかりと言葉にできるかと言えばまだ曖昧で。
 だから何を言えるわけでもなく。

 けれどフレッドとは夫婦だから。これからもこうして出掛けたりすればもっと仲良くなれるかもしれない。そう思えるほどチェルシーのフレッドに対する見方が変わっていた。

「少し遅くなったが昼にしよう。何か食べたいものはあるだろうか?」
「フレッド様は何が食べたいですか?」
「チェルシーが食べたいものでいい」
「「……」」
 見つめ合って数秒。お互いにプハッと吹き出す。

「じゃあデザートがあるところがいいです」
「ならば魚料理がおいしいところはどうだろう」

 そして同時に言って、また笑った。

「ではお魚料理がおいしくて、デザートも食べられるところにしましょう」
「それがいい」

 常に無表情な氷伯爵の穏やかな様子を目撃した街の人々が、目を丸くして驚いていたことを二人は知らない。



 この街は王都に一番近い、最も栄えている街である。それゆえに人口も多いが、フレッドは騎士として王都にある騎士団に在籍していたし、その見目の良さと階級の高さで認知度はそれなりにあった。もちろん愛想もない、冷たい印象しかないから大胆に誘えるような女性は、よほど自分に自信があるか、商売女だけであった。
 どんな美女が言い寄ろうが見向きもせずに、色も買わないから男色の気があるのだろうと囁かれていた。そういうのが好きなご婦人も沢山いるので、ある意味人気者ではあったが。本人の与り知らぬところで。

 それから騎士団を辞めて実家の伯爵家を継いで当主となり、すぐに結婚したと新聞にも載ったことから街の人たちは知っていた。けれどあのような噂のあるフレッドなので、隠れ蓑にするための結婚だとか、やむを得ない政略結婚だとか好き勝手言われていた。

 結婚式では王に報告するために登城はしたが、この街に寄ってはおらず。

 だからフレッドをあのような表情にさせたのは誰だろう、と人々の興味はチェルシーに移る。幼く見えることから妹だろうと誰かが言えば、フレッドはランサム家の一人息子だと誰かが言う。では奥様じゃないのか?いや、政略結婚だと聞いたからあんなに仲の良いわけがないだろう。

 街一番の美女にも靡かなかったのに、あんなに愛おしそうに見つめられている女性は一体誰なのか。

 謎が深まるばかりだったが、最後に二人が寄ったケーキ屋で、
「お母様と使用人へのお土産はこれにしましょう」
「チェルシーが選んだものなら何でも母は喜ぶだろう」
 と、手を繋ぎながら仲良さげにそう会話する二人を目の当たりにして、
「伯爵夫人でいらっしゃいますか?」
 思わず店員が訪ねたところ、
「はい、チェルシーと申します。いつもこちらのお菓子をフレッド様からお土産に頂いてとても美味しいと思っていました」
 輝く笑顔でそう返されたのだった。

 あの可愛らしい女性はやはり伯爵夫人であったと人々が知ることとなった。

 どこからどこまでが本当で、どこからどこまでがただの噂だったのか。しかし真実を知る術は街の人たちにはない。本人たちですら互いの好意には手探りの状態だったのだから。

 けれど二人の醸し出す雰囲気は恋する男女のそれであった。

 ランサム伯爵は伯爵夫人をたいそう愛しているらしい。それが彼にできた、最も信ぴょう性のある、けれど見た人でないと俄かには信じがたい新しい噂だ。
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