可愛すぎてつらい

18.もっと

 帰りの馬車では、チェルシーが主に街でのことを話しかけたりして終始和やかなムードだった。馬車に乗り込んだときに、行きになぜか深いキスを交わしたことを思い出してしまい、恥ずかしさのあまり話すことで誤魔化したのだが。けれど一緒に出掛ければ話題ができる。フレッドも口数は少ないながらも、チェルシーの話に丁寧に返したりしてくれた。

(今までは共通の話題がなかったのも、お話が続かない原因だったのね)
 と、チェルシーは認識を改めた。それほどまでに帰り道も楽しくて、もっと色んなフレッドを見たいと思った。けれど彼は果たして楽しかったのだろうか?今になって思えば終始チェルシーの行きたいところ、見たいところを連れ回していた気がする。僅かな表情の変化が分かるようになったとはいえ、確信できるほどではなかった。

「私、男の方とデートしたの初めてで、楽しくて。……その、浮かれてしまいました。ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いや!私こそ、初めて女性と街に出たからエスコートも十分ではなかっただろう」
 さっきまで楽しそうにしていたチェルシーが突然しょんぼりと話し出して、フレッドは慌てた。もちろんチェルシーのデートの初めてが自分で良かったと、心の底から嬉しく思う心は抑えつつ。

「初めてなのですか?」
「そうだ。だから何も気にすることはない」
 フレッドの優しい言葉に安堵するも、こんなに素敵なのに女性とデートしたことがないなんて!まさかと思ってしまう気持ちと信じたい気持ちで少し複雑だ。しかしキッパリとそう言ってくれたこと自体嬉しくて、落ち込んでいた気分が上昇するのを感じた。

「フレッド様、また一緒にお出かけしてくださいますか?」
「……もちろん。チェルシーが行きたいところなら何処へでも」
 チェルシーの言葉に目を丸くしたフレッドだったが、一呼吸おいていつもの難しそうな表情で返した。どう見てもあまり嬉しくなさそうで、本心ではないのだろうかと以前のチェルシーだったら気にしていたかもしれない。しかし彼への印象がガラッと変わった今、言葉通りに素直に受け取ることができる。

「うふふ。本当ですか?考えておきますね」
「街だけでなく、どこでもいいから教えてほしい。少し遠くても構わない」

 ほら、やっぱり。嫌がってなんてない。今までだったら遠慮していただろうけど、思い切って話してみてよかった。フレッドだってまたチェルシーと出かけてもいいと思ってくれていたのだ。

(ああ、どうしましょう。フレッド様ともっと一緒に居たい。できれば行きの馬車でのように……)

 なんてはしたない。——けれどとても幸せだったから。

 それと同時に切なくなる。もう馬車は領地に入ってしまっていて、屋敷では皆が帰りを待っているだろう。そうすると二人きりになれるのは就寝時だけだ。

 チェルシーはもう一度フレッドに包み込まれるように抱き締めて欲しくなった。

 * * *

 帰宅後、仕事があるからと書斎に行ってしまったフレッドと何時間ぶりに別れ、隣がやけに寂しい。今までは夕食の時間だけ会う、殆ど顔を合わせない日々だったのに。

 一人私室のソファーに腰かけていると、昨晩から始まった非日常な出来事に身体がフワフワと浮いているような心地になる。

 結婚してから1日は長く感じた。それは単調だったからだろう。心は凪いでいたけれど、正直言ってつまらない日々。それが昨晩、いや、あの件の紙を拾ってからあっという間だ。心はとても騒がしいが嫌じゃない、不思議な気持ち。

 フレッドのことを考えると胸がいっぱいになる。

 夕食の時間だとマリーが呼びに来ても、ちっともお腹が空いていなかった。予め昼食が遅かったから少なめでと頼んでおいてよかったと胸を撫で下ろす。

「お土産どうもありがとう。やはりあの王都のお店は間違いないわね。食事前だけど我慢できなくって一つだけクッキーを頂いちゃったわ」
「うふふ、あのクッキーのお味は期間限定なんですって。お出掛けはいかがでした?」
「それより、あなたたちはどうだったの?」
 ダイニングルームで席に着いたチェルシーが待っていると、部屋に入ってきたサマンサが椅子に腰かけながら話しかけてきた。自分たちより少し後に帰ってきた彼女は、土産を手に出迎えたチェルシーに何か言いかけていたのを思い出す。その時はサマンサがお供に出かけていたメイドに何か質問をされていて、チェルシーはその場を辞していたのだった。


 サマンサは今日のフレッドとのデートについて聞きたいのだろう。お膳立てをしてくれた恩人には、ある程度の報告をせねばなるまい。もちろん、ちょっぴり言えないこともあるけれど。

 フレッドはまだダイニングルームには来ていない。さすがに居たならば報告するのも少し恥ずかしいけれど、今のうちになら言えるだろう。とても楽しかったと。

「フレッド様は私の行きたいところについてきて下さって、とてもお優しかったです。それに昼食も二人で意見を出し合って決めたんですよ」
「まぁ、あの子ったらそんなふうに妻を気遣えるのね」
 サマンサは目を丸くして驚いている。実の母親ですらこの反応だ。やはり普段のフレッドは、元々チェルシーがよく知る、彼そのものなのだろう。
 一度話始めると、どれだけ楽しかったかを次々に話したくなってしまって、ついつい話が止まらない。チェルシーは街へ向かう馬車の中の出来事以外をかいつまんで話した。

 そうするとどうしても思い出してしまう。

「でも……」
「え?」
 先ほどまでニコニコと楽しそうに話していたチェルシーの顔が曇って、サマンサも不安そうな表情に変わる。

「フレッド様が素敵だから。街ゆく綺麗な女性がみんなフレッド様を見てるんです。私、それが嫌だったんです」
「まぁ!」

「フレッド様は私の旦那様なのに……」

 そう呟いたチェルシーにサマンサは目を見開いた。それってもしかして……と言いかけてふと気付いた。扉に背を向けていたチェルシーは気付いていないが、彼女の後ろには席につこうとして固まっている息子がいた。相変わらずの無表情だが、横髪から覗いている耳朶が少しだけ赤い気がする。

 サマンサの目は弓形になった。些か強引ではあったが、やはりチェルシーに忘れ物を届けさせて、デートを提案してよかった。

 寝室だけは共にしているが、ずっと隔たりがあった息子夫婦が歩み寄れたようで嬉しくて仕方がない。彼の願い通りにチェルシーに嫁いで来てもらったにもかかわらず、そっけない二人の関係。フレッドの想いを昔から知っているからこそ、もどかしくもあった。

 当然だろう。まだ年若い彼女が、無口で無愛想な男を愛せるわけもない。

 チェルシーに一体どんな変化があったというのだろう。気になるが、義母がそこまで若夫婦のことに介入したら鬱陶しがられるかもしれない。逆の立場だったら温かく見守ってほしいと思うだろう。
 サマンサは自身が嫁姑で少しばかり苦労したので、可愛い娘同然のチェルシーには同じ思いをさせたくはない。だから、とりあえず。

「さぁ、フレッドも来たことだし、食事にしましょう」
 そう声を掛けることにした。
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