初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
茜はカバンの中に入れっぱなしだったスマホを取り出し、ロックを解除してホーム画面を表示させた。
そしてメールのアイコンをタップして、送信済みボックスを開いた。
一番上には航太に送ったメールが表示されている。
茜はそのメールをタップして、自分が送ったメールを何となしに読み返す。



『ライブお疲れ様です。
お酒、好きですよ!めちゃくちゃ強いわけではないのですが…。
最近のブームを梅酒です。
稽古はまさに佳境です。ラストが難産ですが、皆で頑張りたいです。』



このメールの送り先が、先ほどテレビで見た航太だということに、茜は何とも不思議な感覚を覚える。
今しがたテレビで見た航太、夏に自分が実際に会った航太、そして、メールで会話をしている航太。
それがどうにも一つのイメージにならなくて、依然茜は不思議な気持ちのままだった。



と、不意にある考えが茜の中で立ち上る。


今悩んでいる演出について、航太に聞いてみたらどうだろうか。


しかし、茜はその考えを打ち消そうと首を振る。
たしかに、夏以来メールのやり取りはずっと続けていて、ただの他人ではないことは確かだ。
だからといって、いきなりこんなことを相談するのは唐突すぎるし、それに、プロの方に高校演劇のことを聞くなんて、失礼ではないか。


やはり、顧問である自分が最終決定をしなくては、と茜は思いなおし、もう一度台本に目を落とした。
だが、一度浮かんだ考えというものは、そう簡単には消えてくれない。



と、その時。
カバンの中に入れっぱなしだったスマホが、何かを受信した音を奏でた。
反射的に茜はカバンからスマホを取り出してディスプレイを確認すると、メールを1件受信したとの通知が来ていた。
送り主は、「コウ」、つまり、航太だ。
茜はスマホのロックを解除して、受信ボックスを開いた。
そして、受信メールをタップして、その内容を確認する。



『梅酒、いいですね!俺は最近は、この間買ってきた日本酒ばかりです。
ラストは悩みますよね…。僕らもそうです。
限られた時間の中ですが、最善の形が見つかるといいですね!』



メールを読み終わった茜は、胸が少しぎゅうっとする感覚に襲われた。
それは、『僕らもそうです。』という言葉のせいだった。
言ってしまえば、茜たちがやっている演劇部の舞台はアマチュアで、航太たちの舞台や作品はプロフェッショナルだ。
そこには、天と地の差があると言っても過言ではない。
それなのに、航太は自分たちもそうだと言ってくれた。
それが、茜にはうれしかった。


そして直感的に思う、この人になら相談できる、と。
茜は返信ボタンをタップし。今のメールの返信を打つ。数分して、文章は完成した。



『ありがとうございます。
あの…、突然の申し出で申し訳ないのですが、今から電話することは可能でしょうか?
ご相談したいことがありまして…』



誤字・脱字がないかどうかだけさっとチェックして、茜は送信ボタンを押した。
と、途端に心臓がバクバクと大きく鼓動し始める。
同時に、なんという申し出をしてしまったのだろうかと、茜は後悔すら覚えていた。
しかし、一度送ってしまったメールは、もう消せはしない。
茜に出来ることは、航太からの反応を待つことだけだった。


それから10分ほど経った頃、再び茜のスマホがメール受信を知らせる音を鳴らした。
急いでロックを解除し受信ボックスを開くと、そこには「コウ」も文字。
紛れもない、航太からの返信だった。


何て返してくれたのだろうか、もしかしたら電話なんて図々しいと怒らせてしまったのではないか。
一瞬にして、茜は不安に囚われる。
だが、自分から申し出たことだから、メールを開かないわけにはいかない。
茜は一つ大きく息を吐き出すと、意を決してメールを開いた。
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