初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
『相談ですか?いいですよ!』
承諾を意味するその文書を読んで、茜はひどくほっとした。
と同時に、本当に電話をかけるのかと思うと、緊張が増してくる。
茜は電話帳を開き、航太の電話番号を表示させた。
多分、ここで悩んでもしょうがないし、あまり遅くなると航太に迷惑がかかる。
一つ、息を吸う。
そして、それを吐き出すタイミングで、茜は発信ボタンをタップした。
すぐにスマホを耳に当て、相手が出てくれるのを待つ。
3コール目の途中で、コール音は途切れた、
「もしもし?」
「…もしもし」
スマホ越しに聞く、夏以来の航太の声だった。
「小倉航太さんの携帯電話でよろしいでしょうか…?」
茜は初めて電話をかける人に対する言葉を、恐る恐る口にする。
と、スマホの向こうでふっと航太が笑いを漏らしたような気がした。
「はい、あってます」
間違えるはずはないと分かってはいたが、航太の返答に茜はほっと胸を撫で下ろした。
「あ、すみません。お仕事でお忙しいのに突然電話だなんて言ってしまって…」
「今日はもう仕事終わって今は家なんで、大丈夫ですよ」
「そうなんですか…」
「で、相談したいことがあるってメールにありましたけど、どうしました?」
航太の言葉に、茜はこの電話の本来の目的を思い出す。
「えっと、その、メールでもお話していた、今度の地区大会で上演する芝居についてでして…」
「あ、『銀河鉄道の夜』をモチーフにしたって言ってたやつですよね?」
「そうです!」
「何かあったんですか?」
「実は、ラストの演出に行き詰ってまして…」
そう言うと茜は、ベースとなった「銀河鉄道の夜」をより強く印象付ける演出にするか、それとも現代の高校生たちの方を強く出す演出にするかの2つの演出プランと状況的に周りに相談できる人がいないことを説明する。
航太はそれを、時折相槌を打ちながら真剣に聞いてくれているようだった。
「それで、もしよろしければ、航太さんのご意見が伺えればな、と」
航太からの返答はなく、茜にはスマホ越しに沈黙が聞こえてきていた。
その沈黙はしばらく続き、茜は次第に不安を覚えていた。
やはり、こんなことをプロの航太に相談するなんてこと自体、烏滸がましいことだったのではないか。
いくらメールをしているとはいえ、自分と航太は友人とも言えない関係だ。
なんて図々しいことをしてしまったのであろうと、茜は後悔を覚えていた。
「あの、すみません」
「え?」
突然の謝罪に驚く航太の声が、茜の耳元にも届いていたが、それをしっかり受け止める余裕は茜にはなく、そのまま話を続ける。
「プロの方に相談することじゃ…、なかったですよね」
「いや、芝居について真剣に考えるのに、プロもアマも関係ないよ」
「え?」
「同じだよ」
その言葉が、茜の心に深く響く。
確かに、茜も航太も芝居に取り組んでいる。
だけど、プロとアマチュアには天と地ほどの差がある。
それなのに、航太はメールの時もそうだったが、同じだと、さも当たり前に言ってくれた。
茜の心に深く響いた言葉は、じんわりと茜の胸を暖かくしていく。
「あ、そうだ。演出プランの件だけど…」
「あ、はい」
「俺個人としては、今の高校生をメインにしたラストの演出がいいかな」
「そうですか…!」
「でも」
「はい?」
「本当にそれでいいの?」
先程とは違う、ひどく真剣な声が茜の耳に届く。
反射的に茜は背筋を伸ばして、航太からの言葉を待った。
「その芝居作ってるのは、茜さんと部員の皆なんでしょ?
俺は、その芝居がこれまでどうやって作られてきたのか、全然知らない。
だから、その場面だけしか想像できない状態での選択だ。
でも、当たり前だけど、茜さんと部員の皆は最初から作ってきて、作品のことを1番よく分かってるはずだよ」
茜は、答える言葉が見つからなかった。
わずかな沈黙の後、再び話し出したのは航太だった。
「作品を通じた流れを、もう1回しっかり見てみるといいと思うよ。そうすればきっと、答え出てくると思う」
「…はい」
「ごめん、望んでる答えじゃないと思うんだけど…」
「いえ、大丈夫です!」
「あとは大丈夫ですか?」
「はい。すみません、お疲れのところ…」
「それこそ大丈夫、気にしないで」
「本当に重ね重ねありがとうございます…」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
茜はスマホを耳から離し、通話終了のボタンをタップした。
通話が終わってようやく、茜はテレビがつけっぱなしだったことに気が付いた。
嘘みたいな本当の話だが、電話が終わるまでまったくテレビの音は耳に入ってこなかったのだ。
それくらい、航太との電話に耳を集中させていたということだ。
テレビでは、既に次の番組が始まっているようで、ドラマなのか、男女が喧嘩しながら歩いていく様子が映し出されていた。
そんなテレビの音をBGMに、茜は先ほどの航太との通話を頭の中で反芻する。
“本当にそれでいいの?”
“茜さんと部員の皆は最初から作ってきて、作品のことを1番よく分かってるはずだよ”
“作品を通じた流れを、もう1回しっかり見てみるといいと思うよ。そうすればきっと、答え出てくると思う”
それから、茜はもう一度、台本を開いた。
今度はラストシーンのページではなく、最初のページからだった。
承諾を意味するその文書を読んで、茜はひどくほっとした。
と同時に、本当に電話をかけるのかと思うと、緊張が増してくる。
茜は電話帳を開き、航太の電話番号を表示させた。
多分、ここで悩んでもしょうがないし、あまり遅くなると航太に迷惑がかかる。
一つ、息を吸う。
そして、それを吐き出すタイミングで、茜は発信ボタンをタップした。
すぐにスマホを耳に当て、相手が出てくれるのを待つ。
3コール目の途中で、コール音は途切れた、
「もしもし?」
「…もしもし」
スマホ越しに聞く、夏以来の航太の声だった。
「小倉航太さんの携帯電話でよろしいでしょうか…?」
茜は初めて電話をかける人に対する言葉を、恐る恐る口にする。
と、スマホの向こうでふっと航太が笑いを漏らしたような気がした。
「はい、あってます」
間違えるはずはないと分かってはいたが、航太の返答に茜はほっと胸を撫で下ろした。
「あ、すみません。お仕事でお忙しいのに突然電話だなんて言ってしまって…」
「今日はもう仕事終わって今は家なんで、大丈夫ですよ」
「そうなんですか…」
「で、相談したいことがあるってメールにありましたけど、どうしました?」
航太の言葉に、茜はこの電話の本来の目的を思い出す。
「えっと、その、メールでもお話していた、今度の地区大会で上演する芝居についてでして…」
「あ、『銀河鉄道の夜』をモチーフにしたって言ってたやつですよね?」
「そうです!」
「何かあったんですか?」
「実は、ラストの演出に行き詰ってまして…」
そう言うと茜は、ベースとなった「銀河鉄道の夜」をより強く印象付ける演出にするか、それとも現代の高校生たちの方を強く出す演出にするかの2つの演出プランと状況的に周りに相談できる人がいないことを説明する。
航太はそれを、時折相槌を打ちながら真剣に聞いてくれているようだった。
「それで、もしよろしければ、航太さんのご意見が伺えればな、と」
航太からの返答はなく、茜にはスマホ越しに沈黙が聞こえてきていた。
その沈黙はしばらく続き、茜は次第に不安を覚えていた。
やはり、こんなことをプロの航太に相談するなんてこと自体、烏滸がましいことだったのではないか。
いくらメールをしているとはいえ、自分と航太は友人とも言えない関係だ。
なんて図々しいことをしてしまったのであろうと、茜は後悔を覚えていた。
「あの、すみません」
「え?」
突然の謝罪に驚く航太の声が、茜の耳元にも届いていたが、それをしっかり受け止める余裕は茜にはなく、そのまま話を続ける。
「プロの方に相談することじゃ…、なかったですよね」
「いや、芝居について真剣に考えるのに、プロもアマも関係ないよ」
「え?」
「同じだよ」
その言葉が、茜の心に深く響く。
確かに、茜も航太も芝居に取り組んでいる。
だけど、プロとアマチュアには天と地ほどの差がある。
それなのに、航太はメールの時もそうだったが、同じだと、さも当たり前に言ってくれた。
茜の心に深く響いた言葉は、じんわりと茜の胸を暖かくしていく。
「あ、そうだ。演出プランの件だけど…」
「あ、はい」
「俺個人としては、今の高校生をメインにしたラストの演出がいいかな」
「そうですか…!」
「でも」
「はい?」
「本当にそれでいいの?」
先程とは違う、ひどく真剣な声が茜の耳に届く。
反射的に茜は背筋を伸ばして、航太からの言葉を待った。
「その芝居作ってるのは、茜さんと部員の皆なんでしょ?
俺は、その芝居がこれまでどうやって作られてきたのか、全然知らない。
だから、その場面だけしか想像できない状態での選択だ。
でも、当たり前だけど、茜さんと部員の皆は最初から作ってきて、作品のことを1番よく分かってるはずだよ」
茜は、答える言葉が見つからなかった。
わずかな沈黙の後、再び話し出したのは航太だった。
「作品を通じた流れを、もう1回しっかり見てみるといいと思うよ。そうすればきっと、答え出てくると思う」
「…はい」
「ごめん、望んでる答えじゃないと思うんだけど…」
「いえ、大丈夫です!」
「あとは大丈夫ですか?」
「はい。すみません、お疲れのところ…」
「それこそ大丈夫、気にしないで」
「本当に重ね重ねありがとうございます…」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
茜はスマホを耳から離し、通話終了のボタンをタップした。
通話が終わってようやく、茜はテレビがつけっぱなしだったことに気が付いた。
嘘みたいな本当の話だが、電話が終わるまでまったくテレビの音は耳に入ってこなかったのだ。
それくらい、航太との電話に耳を集中させていたということだ。
テレビでは、既に次の番組が始まっているようで、ドラマなのか、男女が喧嘩しながら歩いていく様子が映し出されていた。
そんなテレビの音をBGMに、茜は先ほどの航太との通話を頭の中で反芻する。
“本当にそれでいいの?”
“茜さんと部員の皆は最初から作ってきて、作品のことを1番よく分かってるはずだよ”
“作品を通じた流れを、もう1回しっかり見てみるといいと思うよ。そうすればきっと、答え出てくると思う”
それから、茜はもう一度、台本を開いた。
今度はラストシーンのページではなく、最初のページからだった。