初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで

4 誘

『関東大会終わりました!
残念ながら、優良賞(つまりは参加賞)でした…。
全国には行けなかったけど、見てくださった方からは、
すごく素敵だった、感動した!と言っていただけて、
とても嬉しかったです。』




1週間ぶりに返ってきた茜からのメールを思い出し、楽屋を出ようとしていた航太は、無意識に微笑みを浮かべていた。
初めて電話をしてから月日は進み、いまは冬真っただ中だ。
2人のメールは相変わらずのペースで続いていたし、時々電話をするようにもなった。



航太は12月31日の大晦日に20周年ツアーを完走し、その直前には年末の音楽特番ラッシュもあり、慌ただしい年の瀬を送っていた。
年が明けて、三が日を過ぎると、20周年のラストスパートということで、2月から3か月連続でシングルリリースを行うためにレコーディングが始まった。
プロモーション活動もその後に控えているが、それでも、少しスケジュールに余裕が出てきていた。



そして1月の終わりの今日は、レギュラー番組の「スパノヴァShow!!」の収録のみで、日の出ている実に健康的な時間に仕事から解放された。
別段予定も入れてなかったので、航太は少し街をぶらぶらと歩いてみた。
平日であったため、街中にはサラリーマンや年配の方、親子連れが溢れていた。
よく雑誌やテレビのインタビューで、街中をブラブラしていると話すと、バレないんですか!?と驚かれるのだが、都会は意外と周りを気にしておらず、また、最近はバレてもひっそりと声をかけてくれるため、騒ぎになったことはなかった。



加えて、今の航太は次の舞台の役作りのために、いつもより少し髪を伸ばしてゆるくパーマを当て、髭も生やしている。
更に大きめの伊達メガネもかけているので、かなりのファンでなければ航太だとは分からなかった。




すれ違うサラリーマンたちは、一様に忙しそうな顔をしながら歩いていく。


ふと、茜のことが思い浮かんだ。
平日だから、彼女は今頃授業でもしているのだろうか。


そんなことを考えながら、航太はちらりと空を見上げる。
冬の空には雲一つなく、穏やかな午後の陽の光が降り注いでいる。
会いたいな、と、航太は口には出さず思う。



初めて会ってから5カ月経ち、その間実際に会えたのは最初の1回だけ。
あとはすべて文字と声のやり取りだ。
それでも、全く違う世界に住む茜の話は、航太にとってとても新鮮で、どれだけ聞いても飽きることはなかった。
そして、頑張っている彼女の様子を文字で、声で知るたびに、自分も頑張らなくてはと、奮起できる、そんな存在になっていた。



これまで、そんな風に思えた相手が、果たしていただろうか。
少なくとも、この仕事を始めてからはいないかもしれない、と、航太は考える。
それこそ、学生時代、しかも中学・高校のころまで遡らなければいけないかもしれない。
そのことが、良いことなのか悪いことなのか、そんなことは今は分からない。



一度会いたいと思ってしまえば、その気持ちはどんどん膨らんで、もう航太自身で消すことはできなかった。
ただ、これまではスケジュール的にそれは不可能で、諦めざるを得なかった。
しかし、今はスケジュールに余裕がある。
もう、諦める必要はないのだ。
その想いを一刻も早く実現したいと航太は思い、自宅への帰路を急ぐことにした。
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