初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
結局、航太からの誘いへの結論は出ないまま、一日、また一日と時間は過ぎていった。
そして時間が経てば経つほど、色んなことが思い浮かんで、結論まで遠ざかる。
また、あの後冷静になってはたと茜は気づいた。



もし、一緒にいる所を撮られたら、と。



芸能人は、常にスキャンダルのリスクと共にある。
毎週毎週、週刊誌に飽きもせず芸能人のプライベートや嘘か本当か分からない記事が並ぶ。
四六時中マスコミに追われ、ちょっとしたことがその人気に影を落とす。


ましてや航太はアイドルだ。
もしも一緒にいる所を撮られて、事実ではないにしても、熱愛記事など出された日には、どんなことになるかは火を見るより明らかだ。


茜は、数年前に同じスパノヴァのメンバーである琉星に熱愛報道が出た時、ファンの生徒たちがどれほど落ち込んでいたか、その目で見てきたし、自身も好きな俳優の熱愛・結婚報道の時には、とても落ち込んだ。
それを思うと、航太の申し出を受け入れるのは憚られた。



それでも、自分の心の奥底にある気持ちが、『会いたい』という気持ちが、断ることを阻む。
だから結論を出そうとするも、そんな風な堂々巡りで、答えはまるで出てこなかった。
いや、自分がどうしたいのかという観点から言えば、答えはとうに出ている。
だけど、航太を取り巻く環境が、その答えをとどまらせている。
だが、いつまでもこうして考え続けているわけにはいかない。
誘われた以上、それにきちんと返事をしなくてはいけない。




「茜せんせー」




名前を呼ばれて茜がはっとして声のした方を見ると、そこにいたのは同僚の十塚香代であった。




「え、あ、何?」
「いや、模試の結果渡しに来た」
「あー、ありがとう」
「どうした?珍しく仕事中にぼーっとして」




香代の言葉に、職場でも航太のことを考えていたことに自己嫌悪を覚えた。
茜の信条として、職場にプライベートは持ち込まない、仕事は仕事として割り切ってやる、というものがある。
それなのに、その信条を自ら破ってしまった。
もう社会人7年目なのに、ちゃんとしなきゃダメだな、と茜は心の中で呟いた。




「まあ、ちょっと…」
「今日仕事あんま遅くならなそう?」
「え?うん」
「飲み行こうって言いたいところだけど、車だからお茶して帰ろ?」
「…ありがと」




そう言って、香代は自分の席へと戻っていった。
茜は、受け取った模試の結果を見ながら、頭を仕事モードに切り替える。
なお、切り替えようとしなくても、その並んでいた数字の悲劇さに、強制的に仕事モードに切り替わらざるを得なかったのは、ここだけの話だ。
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