初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで

6 始

O海岸からの帰りの電車の中、茜は窓の外を見ながら、先ほど航太に言われた言葉を思い返していた。




『また、会いたい時に会える関係に、なりたい』




会いたいときに会える関係、それはすなわち、恋人という関係になりたい、ということ。



あの状況では、そう考えるのが最適解だ。
これまで、茜はできるだけ自分が航太のことをどう想っているか、ということから目を逸らし続けてきた。


メールで何てことない話が続いた時、電話で尽きぬ話題で盛り上がった時、そして、沈黙すらも居心地が良いと感じた時。
この人と、ずっと一緒に、傍に、いられたら。


その気持ちを一言で表すのであれば、たった二文字で済んでしまう。
けれど、その二文字の気持ちを認めてしまうのが怖かった。
だって彼は、遠い世界の人だから。
本来であれば、交わることのない人だから。
自分なんか、受け入れてもらえるはずがない。
もし、万が一上手くいったとしても、彼の職業柄、いつかは自分の存在が世間に知られてしまう。
そうなった時、世間の目に晒された時、自分は果たして耐えられるだろうか。



何度も自分に言い聞かせた。
もう、子供じゃないのだと。
十代の何も知らなくて怖いものなんてなかった頃のように、気持ちだけで動くことはもう、できないのだと。



そうして、自分の気持ちに蓋をし続けた。
だけどもう、そういう訳にはいかない。
航太からの告白、それは、閉じた蓋を開け、向き合わなければなければいけない時が来たということだ。



鉛を飲み込んだような、重苦しい感覚を茜は覚える。
それがひどく気持ち悪くて、茜はぎゅっと目を閉じてやり過ごそうとする。


目を閉じれば、今日航太と過ごした時が思い出され、尚更重苦しい感覚は強くなり、消えてはくれなかった。
答えは、出せないままだ。
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