初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
そんな状態のまま帰宅したが、部屋に帰ってきた途端、明日は仕事だという現実が襲ってくる。
たとえ自身に大きなことが起こっても、そんなのはお構いなしに明日はやってくるのだ。



眠って、朝が来て、起きて、仕事に行き、仕事を終えて帰宅し、また眠り、朝が来る。



それが茜の日常だ。
今日航太と過ごした時間は、茜にとっては非日常だった。
夢の様な時間と言っても差し支えない。
夢はいつか、醒めるものだ。
なのに、その夢は確かに現実で、確固たる記憶として茜の中に刻まれている。




どうするべきか、答えは出せないまま、時間だけが過ぎていった。
いつもなら、仕事は仕事と割り切れる茜であったが、今回はそれができなかった。


ふとした瞬間に、あの日の航太を思い出してしまい、気持ちが千々に乱れていく。
そんな状態だから、当然仕事にも集中しきれず、ミスも増えるし、それに比例して普段以上に残業時間が増えていく。
そうなると、帰宅しても自分の時間を持つことはほとんどできず、航太のことをしっかりと考えることができずに、また仕事へ向かう。
その繰り返しだった。



また、2月も進んでくと年度末が近づいてくる。
他の職業と同様に、教員もやはり年度末はいつも以上に忙しく、悪循環に拍車をかけていた。
航太からのボールがこちらに投げられている状態で、いつまでも待たせるわけにはいかない。
だけど、仕事でいっぱいいっぱいの茜には、答えを出す時間的、精神的余裕はどこにもなかった。




そうして、気づけばあの日から2週間以上が経過していた。
茜は終わらない残業を無理やり終わらせ、帰路につこうとしていた。
学年末試験を控え、部活動はテスト期間休みに入り、明日は久しぶりの土日休みだった。
心身ともに疲れ切っていた茜にとって、2日間の休みは非常にありがたい。
そして、答えを出すならこの休みしかないとも思っていた。
荷物をまとめ、コートを着て帰ろうとした、その時だった。




「茜せーんせ」




突然の声と同時に、茜のすぐ真横に誰かが来て、茜の肩に腕を回している。
その声と腕の主が誰かなんて、茜にはすぐ分かった。




「香代…、先生…」
「今日この後と、明日なんか予定ある?」
「ないけど…」
「よし、じゃあ茜先生の家で宅飲みね」
「え?」
「そうと決まったら、お酒買って帰ろ」




有無を言わさない勢いで、香代はそう告げると、茜の手を引いて歩き出し、「お疲れ様でーす」という挨拶と共に職員室を後にした。
茜としては一人でゆっくりと考えたかったのだが、こういう時の香代はもう何を言っても無駄なので、茜に出来るのは大人しく香代に従うことだけだ。


2人はそれぞれの車に乗って、途中、遅くまでやってるスーパーでお酒とおつまみを買い込み、茜の家を目指す。
帰宅後、2人は買ってきたお酒とおつまみをテーブルに並べ、茜はレモンの缶チューハイ、香代はグレープフルーツの缶チューハイを手に取り、プルタブを引っ張って飲み口を開ける。




「じゃ、お疲れー」
「お疲れー」




軽く乾杯をして、2人は一気に缶チューハイを煽った。




「あー、やっぱ労働の後のアルコールは最高」
「明日気にしなくていいから尚更いい」
「で?」
「で?」
「何があった」
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