初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで
その後、話の話題は変わり、老後の話が出ることは、もうなかった。
トークが終わった後、4人と司会者はビリヤード対決を行い、負けた航太が電流の罰ゲームをくらい、収録は無事に終了した。



「あー…、マジで電流やだ……」
「この年で罰ゲーム電流のアイドルって、中々いないよねぇ」
「てか、リーダーが初じゃね?」
「やったねリーダー」



楽屋に戻り、航太以外の3人は好き勝手なことを言っていたが、電流によってダメージを受けた航太は、言い返す気力もなかった。


と、目の前にホットコーヒーのカップが置かれた。



「まあリーダー、コーヒーでも飲んで癒されて」
「淹れたの俺だけどね」



満面の笑顔でコーヒーを置いたのは、一仁だった。
その後ろでごく自然に暁が自身の仕事を主張しており、航太は、だろうな……。と心の中で呟いた。



「ありがとう、2人とも」



一仁と暁に礼を言い、航太はコーヒーを口にする。



「あ、一仁」
「何?リーダー」



呼ばれた一仁は、航太のすぐ横にしゃがんで航太の次の言葉を待つ。



「さっきは、ありがとな?」
「何が?」
「トークの時、助け舟出してくれただろ?」
「あー、老後のとこ?」
「そう」
「ファンの子たちはざわざわしちゃうからね。それに」
「それに?」
「茜先生、不安になるかもだしね」



ニカっと笑ってみせる一仁に、航太ははたと思い至る。
これまで、航太が付き合ってきたのは、女優やモデルなど、いわゆる同業者ばかり。
裏方ですらない、芸能界に全く関係ない一般人が恋人なのは、この世界に入ってから初めてだった。
今までは相手が、そして相手にとって自分が何の仕事をどのような環境でやっているのか、ある程度知ることができた。


しかし、茜の場合はそうはいかない。
加えて、自分は東京、彼女はT県に生活拠点がある。
ということは、航太自身の日常の様子を茜がうかがい知ることは、皆無なのだ。
もちろん、航太自身アイドルという仕事に誇りを持っていて、支えてくれるファンが不安になることのないよう気をつけている。
だけど、一仁の言葉で茜にもそれが必要なのだと気づかされた。



航太は、一仁に改めて「サンキュな」と言って、がしがしと一仁の頭を撫でた。
一仁は「やめてよー」と口では言っているが、航太の手を振り払うことはせず、どこか楽しそうに笑っている。



「お前の気遣いの細やかさには、ほんとこっちが毎回勉強させられるよ」
「まあ、いらぬ不安の種は、ないに越したことないからね」



一仁はもう一度にっこり笑うと、着替え終わった琉星と暁の元に向かった。
無邪気に琉星と暁に絡む一仁を見て、不意に航太の中で一つの気づきが浮かぶ。
そうか、一仁も同じ立場なのだ、と。
そんなことを考えながら、アラフォーのおじさんたちがきゃいきゃいとしている様子、少なくとも、航太にとってはいつもの光景に、航太はふっと笑みを零した。



帰宅した航太は、既に受信していた茜からのメールを開いた。
基本的に、茜からのメールは自宅か楽屋で開くことにしているからだ。
茜からのメールには、桜の写真が添付されており、『東京はどうですか? お仕事かなり忙しいと思いますが、無理しすぎず頑張ってください。』と文が添えられていた。
時刻はもうすぐ日付が変わる頃で、深夜に返すのはまずいかなと航太は考え、返信は明日の朝にすることにした。
その代わり、送られてきた桜の写真をスマホに保存して、ホーム画面の背景に設定した。
どうしたって物理的に離れている。
でもせめて、彼女の見ていた景色を共有したい。
ホーム画面の桜を改めて見てから、航太は明日の仕事に備えて、お風呂へと向かった。
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