初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで

「はい!」



手を叩く音と共に聞こえてきたよっちゃんの声が、舞台の終わりを告げた。
一瞬の沈黙の後、スパノヴァの3人と部員たち、そしてスタッフたちも大きな拍手を鳴らし始める。



「すごーい!!」
「めっちゃ感動した!!」



部員たちは口々に感想を声に出し、ひどく興奮した様子だった。それはスパノヴァの3人も同じで、部員たち同様、興奮した面持ちだ。



「茜先生すご!」
「“芝居お化け”の航太と普通に渡り合えてたね」
「普通に見入ってたわ」



拍手と歓声の中、茜と航太が並んで礼をすると、拍手はより一層大きくなる。
茜は芝居をする前の、恐縮しっぱなしの状態に戻っていた。
一方の航太は、流石と言うか何というか、別段いつもと同じ様子で、一層茜の恐縮した様子が引き立てられる。



「すみません、拙い芝居を…」
「そんなことないよ!茜先生!」



笑顔でそう言う一仁に、茜はようやく、少しではあるが嬉しそうな表情を見せた。
そしてその表情のまま、隣の航太の方を向く。



「航太さん、ありがとうございました」
「あ、ああ」
「でも、さすがですね」
「えっ?」
「いきなりやって、あれだけの芝居ができるって、やっぱりすごいです」
「あー…、ありがとうございます」



それから、ある程度部員たちの興奮が収まったのを確認してから、茜はスパノヴァの4人とスタッフに、少し休憩を入れてもよいか尋ねた。番組側としても、この後どうするか少し打ち合わせしたかったため、茜の申し出を受け入れることにした。
そうして、部室の一角を借りて、メンバーとスタッフで打ち合わせをした結果、もう少しここでロケをしていこうということになり、部員たちとスパノヴァのメンバーで即興劇、エチュード対決をすることになった。
テーマは「夏」。それに基づいて部員、メンバーそれぞれはどういう内容にするのか相談し、動きながら流れを作っていく。


茜は、スタッフと話をしながら、部員たちのエチュードの製作状況を確認していた。
と、不意にぱちりと航太と目が合った。
茜は先程の芝居のことを思い出し、少しはにかみながら会釈する。
航太も茜の会釈を受けて、やはり少々はにかみながら会釈を返し、2人は視線を外した。


スパノヴァ側は、ある程度の方向性が決まり、練習は逆にしないでいこうということになり、部員たちのエチュードが完成するまで待つこととなった。
と、おもむろに航太が立ち上がる。



「ちょっと、外にあった自販機で飲み物買ってくるわ」



そう言い残し、航太は部室を出て、一旦1階へ降りて外へ出た。
そろそろ夕方に差し掛かろうとしている時刻だが、外はまだ気温が高く、じりじりと暑さが航太の体を包んでいく。
自動販売機は生徒館のすぐ横にあり、航太はそこで500mlのペットボトルの麦茶を購入し、その場で蓋を開けて一気に3分の1ほど飲み干した。



航太の脳裏には、先ほど一緒に芝居をした、茜のことが浮かんでいた。
いや、あの時、彼女と目が合ったあの瞬間から、茜のことが離れない。
これまで、色んな人とたくさんの芝居をしてきた。
それこそ、大御所や天才と呼ばれるような人たちとも舞台に立ってきた。
だけど、あんなにも雄弁に語る瞳に出会ったのは、初めてだった。
一目見ただけで、その瞳から目を逸らせなくて、芝居が終わった今でも、脳裏に、心に焼き付いている。
そして、気づけば彼女のことを目で追っていた。
目が合えば、年甲斐もなく頬が緩むのが分かった。
正直なところ、航太は今の自分の感情が信じられない。
まさか、この年でこんな感情が生まれるなんて。
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