【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
21 シャルルとキラキラのケーキ
「どうぞ」
 クロードの返答を聞いて扉の向こうからケヴィンが姿を現すと、アニエスは慌ててその腕に縋りついた。

「ケ、ケヴィン!」
 真っ赤な頬でふるふると震えるアニエスを見たケヴィンは、何故か何度もうなずいている。

「この様子だと、ちゃんといちゃついていたみたいだね。偉い偉い」
「何ですかそれ。大体、ケヴィンがいなくなるから」
「はいはい。それよりも、お客様だよ。――シャルル・ヴィザージュ第五王子殿下」
「へ?」

 アニエスが間の抜けた声を出すと、それに合わせたかのように扉の向こうから金髪の美少年が顔をのぞかせた。


「はーい。クロード兄様、舞踏会ぶりー」
 ひらひらと手を振るシャルルを見て、クロードが少しばかり眉間に皺を寄せる。

「シャルル、何をしに来たんだ。ここはルフォール邸だぞ」
「わかっているよ。クロード兄様の大切な番の家だよね。舞踏会じゃあまり話せなかったし、クロード兄様がいるんだからいいでしょう? ねえ、アニエス姉様?」

 咎められているとわかっている様子なのに、この受け答えと態度。
 とてもアニエスには真似できないが、ちょっと憧れる部分もある。

「は、はい。殿下」
「えー、堅苦しいなあ。シャルルでいいよ」
「では、シャルル様」

「うーん。様はなくてもいいけど、クロード兄様に睨まれるのもなんだから、それでいいや」
 にこにこと人懐こい笑顔で言われると、何だかそれに従ってしまう。
 もしかすると、わがままレディの最終形態はこんな風にうっかり相手を従わせる方向かもしれない。

「まあ、座るといい」
 肩に生えたオオキヌハダトマヤターケをむしりながら、不満を隠すことなくクロードがそう言ったが、一体どう座ればいいのだろう。

 ゆったりした二人掛けのソファーが向かい合って配置されているのだから、普通に考えれば二人ずつ座る。
 詰めれば三人で一緒に座れなくもないが、王族が二人いる状況でそんな馬鹿なことをするわけにもいかない。

 となると、アニエスが一人で、向かいに王族二人だろうか。
 それも何だかおかしい気がする。

 そこでふとケヴィンの姿に気付き、頭の中で鐘が鳴り響いた。
 ケヴィンがいれば、王族二人にルフォール家二人。
 綺麗に分かれて、すっきり、安心だ。
 とにかくケヴィンを確保しなければ、逃げられては面倒だ。
 だがアニエスがケヴィンに手を伸ばすよりも早く、クロードの手がアニエスを引き寄せた。


「アニエスは、俺の隣」
 隣も隣、体が触れるほどの位置に座らされ、アニエスは慌てて距離をとる。

「で、でも。シャルル様が、ケヴィンが」
「あ、俺はここで失礼します。ごゆっくりお寛ぎください」
「――ああ、ケヴィン酷いです! 裏切者!」
「頑張れ姉さん!」

 いい笑顔で手を振りながら、あっという間にケヴィンは退室してしまった。
 クロードは隣に座っていて、正面にはシャルル。
 これは一体、何の拷問なのだろう。
 強張った顔のアニエスを見て、シャルルが苦笑した。

「そんなに緊張しないで。別に取って食いやしないよ」
 いつの間にかやってきたテレーズが、シャルルのぶんの紅茶と焼き菓子をテーブルに並べる。

「うん? 兄様達が食べているのは、何?」
「ドライフルーツのケーキです」
 何故かシャルルはじっとケーキの乗った皿を見つめている。

「へえ。あまり見たことがないな」
 それはそうだ。
 これは日持ちを優先したケーキだし、王族に出すような一級品とは違う。
 シャルルが目にしたことがなくても不思議ではない。

「僕のぶんはないってこと?」
「シャルル様はドライフルーツのケーキがお好きなのですか?」
「うん。甘いものは好きだよ。まだあるなら、食べてみたいな。何だか、キラキラしているし」


「…キラキラ?」
 もしかすると、キララターケの鱗片がついているのだろうか。
 皿を持ち上げて慌てて確認してみるが、特に変わった様子はない。

「こっちは俺のぶんだから、駄目だ。アニエスの食べかけは、もっと駄目だ」
 隣のキノコの変態が何か言っているが、シャルルは特に気にする様子もない。

「ということは、アニエス姉様に関係するんだ。取り分けたとか?」
「いえ。作りました」
「ケーキを? へえ。だからかあ。……もうない?」
「いいえ。よろしければ、ご用意しましょうか」
 ケーキは二本焼いたし、まだ一本目も残っている。

「うん。食べたい」
 一応声をかけてみると、シャルルは嬉しそうに微笑んだ。
 そう言えば、ケヴィンも昔はこんな感じで素直ないい子だった。
 最近ではすっかり大人びて、アニエスの世話を焼くような様子さえ見られるが。
 テレーズがケーキを持ってくると、シャルルは皿を持ってじっくりと見始めた。


「うん。やっぱり、キラキラしている」
 シャルルは謎の感想を口にすると、そのままケーキを一口食べた。
「みっしり詰まっていて、お腹いっぱいになりそう。でも、美味しいね。……それに、とても綺麗だ」

「ケーキが綺麗、ですか?」
 ただのドライフルーツのケーキなので、見た目の華やかさはないと思うのだが。
 首を傾げるアニエスを見て、シャルルの方が驚いたように目を瞬いた。

「何だ。クロード兄様、説明していないの?」
「まだ、これからだ」
「ふうん。随分と慎重だね。別に話してもいいんでしょう?」
「まあ、そうだな」

 クロードがちらりと視線を送ると、意図を察したテレーズが礼をして退室する。
 人払いをするということは、それだけ重要な話をするのだろう。


「アニエス姉様は、竜紋のことをどのくらい知っているの?」

 少し緊張して待つと、ケーキを食べながらシャルルが質問をしてきた。


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【今日のキノコ】

オオキヌハダトマヤタケ(「可愛いな」参照)
黄褐色で繊維状の傘を持つキノコ。
誤食すると大量発汗、体温低下、呼吸困難を起こすので、危険。
アニエスとクロードのいちゃつきぶりに呼吸が止まりそうだったが、ケヴィンの乱入で一命をとりとめた。
一安心と言いたいが、あのままいちゃつきを見守ってもいい気がする、複雑なキノコ心。

キララタケ(「おねだりとご褒美」参照)
雲母のようにキラキラ光る細かい小鱗片を持った、淡い黄褐色の傘のキノコ。
お酒を飲む人が食べると酷い食中毒を起こす。
クロードとの再戦を望むが、厨房で待機中。
キラキラの鱗片をケーキに蒔いた疑惑をかけられたが、本人(本茸)は隣の籠のマツタケと生えたい場所について熱く語り合っている。
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