【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
22 番の役割
「竜の血を濃く受け継いでいる証で、手に現れる紋章ですよね。生まれた時には黒で、番を見つけると赤くなると伺いました」
 シャルルはあっという間にケーキを平らげると、紅茶を一口飲んで、うなずいた。

「そう。その竜紋持ちは、現在四人。僕は持っていないけれど、それでも一応王族だからね。ちょっと()()のは得意なんだ」
「見る、というのは」

「魔力とか、そういうものの流れだね。アニエス姉様の作ったケーキは、キラキラ輝いて見えるんだ」
「そうなのですか」
 アニエスはケーキに視線を移すが特に何も変化はないし、キラキラしているようにも見えなかった。


「アニエス姉様は魔力を使っているというよりは、無意識なんだろうね。だから認識して()()ことができないのかも。……もったいないな。結構な素質がありそうなのに」

「素質、ですか?」
 一体何の素質だろう。
 やはりキノコに呪われる素質だろうか。

「こんなにキラキラ輝くほど、魔力を纏わせたものを作れる人はなかなかいないよ。ルフォール伯爵家は特に王家に近いというわけじゃないはずだけど。まあ、貴族の中には突然魔力が強い人が生まれることもあるからね。……あれ? でも平民だったんだっけ?」

「母はルフォール伯爵家の生まれで、父は隣国出身の平民です」
「ふうん。じゃあ、父親の家系が魔力に恵まれていたのかもね」

 父は加護付きの薬草を販売していたのだから、魔力自体はあっただろうし、その影響はあるのかもしれない。
 だが素質があるというよりは、この国では少し物珍しいということではないかと思う。

「それに、何だろう。凄く落ち着くというか、ちょっと回復する感じもあるし。……鍛えたら、伸びそうだよね」
「シャルル、よせ。アニエスに無理をさせるつもりはない」
 短い非難の言葉に、シャルルは大袈裟に肩をすくめた。


「はいはい。まあ、これでクロード兄様は安心だけど。……ねえ、アニエス姉様。このケーキ、まだある? 少し貰ってもいい?」

「はい。あと一本別に焼いてあるので、よろしければそちらをどうぞ」
 地味なケーキだが、意外と気に入ってくれたのだろうか。
 だとしたら、何だか嬉しかった。

「何をする気だ?」
「番に選ばれた人物の、魔力のこもったケーキだよ。もしかすると、少しは()()かもしれない」
 クロードはハッとした様子でシャルルを見ると、二人はうなずき合う。

「クロード兄様からすれば、大切な番の手作りケーキを手放すのは嫌だろうけれど。でも、試すだけは試したいんだ」
「いや、それなら話は別だ。確かに、効く可能性はある」
「あの……何の話なのでしょうか」

 急に真剣な雰囲気の話になっているが、アニエスのケーキの話題にしてはおかしい気がする。
 意を決して尋ねてみると、事態を理解していないアニエスに気付いたらしいクロードが、にこりと微笑んだ。


「竜紋持ちは四人だと言ったよね。国王陛下、王太子であるグザヴィエ兄上、俺。それから、王弟のセザール・グラニエ公爵。この叔父だけが、番を持っていない」
「はい」
 何の話なのかはわからないまま、とりあえずうなずく。

「竜紋は強大な竜の血を強く引いた証。それゆえに、強い力を得るが、完全な竜ではない体には、大きすぎる。それを支えるのが――番だ。番を持たないと、成人した頃から徐々に衰弱していく。逆に番がいる間は互いに寿命が延びる」

「寿命、ですか?」
 一気に理解するのが難しい内容だったが、特に最後の意味がわからない。
 困惑するアニエスに対して、シャルルは楽しそうに笑っている。

「そう。だからアニエス姉様は、普通に生きるよりも長生きになるよ」
「竜紋持ちはね、体は頑強だし、魔力にも恵まれ、特殊な魔法も使える。番は魂の伴侶。竜紋持ちを支え、補い、強化する存在なんだ」
「ええ? で、でも、私は何も」
 想像以上に重要な役割に、驚くというよりは他人事のようだ。

「別に特別な何かをするわけじゃないんだ。ただ、そばにいてくれればいい。竜紋持ちにとって番は絶対の存在だから。魂の伴侶というのは、そういう意味だよ」
 クロードはそう言って、アニエスの手に自身の手を重ねる。

「でもセザール叔父様には、その番がいない。成人してしばらくした頃から体調を崩すようになったらしくて、今は公式の行事にもあまり出られない。……恐らく、このままでそう長く生きられないと言われているんだ」
「そんな」

 元々体が弱いというのならわかるが、番がいないという理由で衰弱するなんて。
 では、先程シャルルが『クロードは安心』というのは、番が見つかったから衰弱せずに済むということか。
 魂の伴侶という言葉に実感はなかったが、番がいなければ衰弱するという現実に背筋が寒くなる。


「だから、このケーキを食べさせたいんだ。王妃殿下やゼナイド姉上も番だけれど、ほとんど魔力はない。アニエス姉様は番だし、これだけ魔力が溢れているのなら、少しは叔父様の体調が良くなるかもしれない」

 シャルルは叔父であるグラニエ公爵を心から心配しているのだろう。
 家族を心配する気持ちは、アニエスにも痛いほどわかる。

「もちろん、これは僕の勝手な想像と勝手な行動。アニエス姉上の名前は出さないし、何が起きても起きなくても姉上に責任はない。だから……ケーキを貰ってもいい?」

 アニエスを見つめる鈍色の瞳は、クロードと同じ色だ。
 その色で真剣に訴えられれば、心が動かないわけがなかった。

「もちろんです。すぐにご用意しますね」
 返答と共にアニエスが立ち上がった瞬間、シャルルの腕にキノコが生える。
 黒褐色のヘラ状の傘がいくつも重なり合ったキノコは、マイターケだ。

「あ。またキノコだ。これもアニエス姉様でしょう?」
「は、はい。すみません」
 シャルルは無造作にマイターケをむしり取ると、しげしげと見つめている。


「この間のキノコはまぐれじゃないわけか。これはクロード兄様が夢中になるわけだ」
「いや、キノコは確かに素晴らしいが、キノコだけじゃないよ? アニエス」
 少し慌てて訴えるクロードに、アニエスは口元を綻ばせる。

「わかっています。クロード様は、キノコの変態です」
 きっぱりそう言うと、シャルルが笑いながらキノコをクロードに手渡した。

「なるほどね。確かに魂の伴侶だ。……アニエス姉様。クロード兄様を、お願いね」


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【今日のキノコ】

マイタケ(舞茸)
黒褐色のヘラ状の傘がいくつも集まったキノコで、良い歯ごたえと香りから食用として好まれる。
見つけると嬉しくて踊りたくなるのが名前の由来。
同じ場所に生えるという特徴があるので、生えた場所に翌年行くとまた生えている……かもしれない。
不調だという公爵を元気づけようと食べてもらう気満々で生えてきたが、クロードに引き渡されてしまった。
「肉と一緒に調理すると柔らかくできるよ!」と自己アピールしているが、キノコなので伝わらない。
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