【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
23 精霊にお願い
「……竜の血を継ぐ者の番、ですか」
 いつものように庭の畑で水を撒きながら、アニエスはぽつりと呟いた。

 単純に好意があるとか、人生のパートナーという意味なのだと思っていたが、クロードとシャルルの話を聞いてみると、まったく違うものだった。

 強大な力を持つ竜紋を持つ者を、支える。
 寿命が延びる。

 にわかには受け入れきれないが、アニエスはクロードが木箱の下敷きになっても無事だったところを実際に見ている。
 やはり、普通の人とは何かが違うのかもしれない。

 となるとグラニエ公爵の不調というのも、当然本当のことで、深刻な問題なのだろう。
 番がどう役立つのかはわからないが、クロードとシャルルの話からすると、アニエスの作ったケーキが何かに効くかもしれないという。
 この場合の効くというのは、体調不良の改善ということのはず。

「シャルル様は魔力を見ると言っていましたし、魔力がこもっているといいのでしょうか」

 もしもアニエスに公爵の不調を少しでも改善する力があるのなら、是非とも発揮したい。
 だが、何をどうすればいいのかわからない。
 キラキラしていたというケーキは普通に作っただけだし、何をどうすれば魔力がこもるのか、よくわからなかった。

「……精霊さんにお願いしてみる、というのはどうでしょう」
 薬草だって精霊の加護付きになると効果が増すのだから、もしかしたら何かの足しになるかもしれない。
 アニエスはジョウロを足元に置くと、ゆっくりと深呼吸をした。


「みんな―! こっんにっちはー!」

 頬の横に手を添えると、今できる最大限のハイテンションで声を張り上げる。
 すると、それに誘われたのか、ふわりふわりと光の玉が現れ始めた。
 三つほどの光の玉が出て来てくれたが、今回はいつもの薬草への加護の付与とは勝手が違う。
 念のため、もう少し盛大に精霊を集めたかった。

「たーいせつな、お願いなの! みんな、でてきてくれるー?」

 両手を合わせながら、大袈裟に首を傾げてみる。
 すると既に現れていた光の玉が一斉にふるふると震え出し、あっという間に周囲に十以上の光の玉が現れた。
 思った以上の数に少し驚きつつ、咳払いをして心を落ち着ける。

「みんなは……番ってわかるー?」
 自分でも要領を得ない質問だなと思ったが、意外にも光の玉は元気に点滅してくれた。

「番がいないから体調が悪い人がいるんだって。少しでも元気になってほしいんだけど、どうしたらいいか、わかるー?」

 駄目で元々というつもりで尋ねてみると、光の玉はゆらゆらと揺れ始める。
 まるで周囲の光の玉と話し合うかのように暫く揺れると、何かが決まったらしく、一斉に点滅し始めた。


「方法があるなら、手を貸してほしいなー! お願い!」

 そう訴えた瞬間から、アニエスの足元に光の玉が集まり出した。
 集まるほどに光の強さが増し、思わず目を閉じると、途端に光が消える。
 瞼を開いて足元の土を確認すると、不自然にこんもりと盛り上がっている部分があった。

「……これって」
 恐る恐る土に触れてみると、ポンという破裂音と共に小さな芽が生えた。

「育てれば……いいの、かな?」

 弱々しい声を励ますかのように、破裂音を響かせながら芽が一回り大きくなる。
 これは肯定しているということだろう。
 嬉しくなったアニエスは、渾身のハイテンションでお返ししようと、腕を大きく振り上げた。

「みんな、ありがとー! 大好きぃ!」

 滅多に使わない高音ボイスで叫んだ瞬間、畑の入り口に花紺青の髪の青年が立っていることに気が付いた。


 ――見られた。
 というか、聞かれた。

 見られたのは初めてではないが、わかっていて見られるのと、知らぬ間に見られるのでは心の負荷が桁違いだ。

 しかもたった今、渾身のハイテンションと高音ボイスを惜しげもなく披露してしまった。
 アニエスは手を振り上げたまま固まる。
 次第に顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
 力なく腕をおろす頃には、全身が湯に浸けられたかのように熱かった。

「……あ、あの。私……」

 じりじりと後退りながら、アニエスは俯く。
 いっそこのまま逃げ出してしまおうかと考えていると、いつの間にかそばに来ていたクロードが、アニエスの腕を掴んだ。

「ごめん、アニエス。盗み見るような形になって」

 一度見られているのに恥ずかしくて、そんな自分がどうしたらいいのかわからなくて。
 いっそ逃げ出してしまおうかと思っていた心に、クロードの謝罪の言葉が響く。
 笑われず、怒られず、嫌がられてもいない。

 ――クロードは、フィリップとは違うのだ。
 そんな当たり前のことに、心が少し落ち着いていていくのがわかった。


「い、いいえ。私が勝手にやっていることですから。私が悪いんです」
「アニエスは、何も悪くないよ」

 逃げる素振りがないと判断したのか腕を放したクロードは、そのままアニエスの頭をゆっくりと撫でた。
 それにしても、一体いつから見られていたのだろう。
 まったく気が付かなかった自分が情けない。

「ねえ、アニエス。今のって、この間の薬草に加護を貰うのとは、何だか違ったね」
「あ、あの。……ええと」
 鋭い指摘に、アニエスは返答に困る。

 前回クロードが見たのは、薬草に加護を与えて変化させたもの。
 今回は精霊の加護で薬草自体を生やしたものだ。
 精霊達の様子からして、いつもの薬草よりも効果が見込めるだろう。

 だが、これはアニエスの勝手な行動だし、クロードは良くてもグラニエ公爵は精霊云々に対して気味が悪いと思うかもしれない。
 そう思うと、上手く言葉が出なくなった。

 じっと様子を見ていたクロードは、小さくため息をつくと、アニエスの手を包み込むように握りしめる。


「怒っているわけでも、否定しているわけでもないよ。言いたくなければ、それでもいい。……だから、そんな顔をしないで」

 諭すように優しくそう告げると、クロードはアニエスの指先に唇を落とす。
 アニエスはびくりと肩を震わせ、同時にクロードの肩にキノコが生えた。
 傘が緑色の厚い粘液層で覆われているのは、ワカクサターケだろう。
 雨に濡れたわけでもないのに、やたらとツヤツヤ輝いている。

 指にキスされたら恥ずかしいはずなのに、今は何故だか嫌ではなかった。


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【今日のキノコ】

ワカクサタケ(若草茸)
緑色の厚い粘液層で覆われ、成長すると黄色に変化するキノコ。
雨露に濡れると、緑の宝石のように輝く。
緑色だが葉緑素の色ではないので、光合成はできない。
毒があるという説もあり、食用には適さない……食べた人に、何があったんだろう。
精霊の力で生えた芽が自分と同じ色なので、嬉しくてアニエスに見せようと思って生えてきた。
だが生えてみたら何だか深刻な雰囲気だったので、とりあえず粘液をツヤツヤさせてアニエスを応援している。
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