目覚めたら初恋の人の妻だった。
あのまま一那の腕の中に収まり、目覚めても
腕の中で 一緒に同じベッドで朝を向かえたのは
何時ぶりだろうか?

あ~この感覚  大好きだった 安心出来て
今日も頑張ろうと思えたっけ。

「おはよう」
久々に頭の上から聞く少しくぐもった一那の柔らかい声。
「 うっ ん  おはよう ございます  」

私も同じ様に柔らかい声で返せただろうか?

暫しの沈黙も怖くないのは回された腕の温もりを
感じるから?

一那から回された腕は強くも無く でも、
逃げられない程の力加減で、逃げれないのを
言い訳にそのまま腕の中に収まる理由にして
もう少し、あと少し この温もりの中で
居させて欲しいのと心が求める。

「柚菜、会社の近くに女子が好きそうな
カフェが有るらしいんだ・・・前に
同僚が話していて いつか柚菜と行きたいと
思っていたから場所も聞いているし、
休日のブランチに丁度良いみたいだから
今から行ってみないか?」

一那は私が記憶を失くしてから思い出させる為に
私達の軌跡を辿る事に終始していたから、
その誘いが新鮮で嬉しかった。

「うん 行きたい・・・でも・・・」

会社の近くは不安だ・・・
もし、会社の人に見られたら?

「何を気にしているの??」

この人はどうして私の気持ちがこうも解るのだろう?

「会社の近くだったら 誰かに見られちゃうかも 」

「柚菜と一緒に居る所を見せつけたいんだけど?
俺の奥さんは可愛いでしょ?って 
羨ましいだろう?ってね」

「   でも・・・・」
私は姉の事が引っ掛かっていたから躊躇ってしまう

姉を一那の妻と認識している人に会ってしまったら
そう考えると足が竦んでしまう。
悪い事なんて私はしてないのに
自分が不倫相手のような視線を向けられたら、
それに一那の不貞を疑われたら、これからの立場をとか
色々と考えると心臓がバクバクしてしまう‥‥
私が妻なのに・・・

「俺は会社では一介の社員で通しているから、
もし不倫を疑われたら直球で聞いて来ると思うよ
その場では言われなくてもね そうしたらキチンと
説明するよ。
皆が見たことあるのは妻の姉で俺には妻と同じ
子供の頃からの付き合いだし会社が近くて
家族だから家の用事があったら一緒に向かわないのは
可笑しいでしょ?とね
だから 行こう! 柚菜   会社の人間会ったら俺、
ちゃんと紹介したい
俺の大事な妻の柚菜ですと。」

「うん 行く!準備するのに30分 いや 
15分だけ待ってて・・・」

私は慌ててベッドから飛び起きて洗面所に駆け込んだ 
部屋を出る直前に
「 あ~ 俺の柚菜が腕から逃げてしまった   」
って聞こえた。

俺の柚菜・・・そう未だ思ってくれているなんて
その言葉に頬が暑くなるのは何時ぶりだろう?
胸が不安でドキドキするのでは無くて
高鳴って鼓動が早くなる感覚を味わうのは
久しくなかったから、うまく応えられなくて
逃げる様に出てきてしまい、洗面所の扉に
へたり込むように凭れたのは許して欲しい。

身体の奥が熱を持ち、ドキドキして指先まで
震えている手を暫しボーと眺めていると遠くで微かに
動く気配を感じ、慌てて準備をし始めるが、
グロス一つ満足に引けない 
緊張と興奮で未だフルフルしている

指で目元に手を当てるが鏡越しにも解るように震え
それは収まる気配は無いので化粧は諦め、日焼け止めと
フェイスパウダーで妥協する事にしたけれど
鏡に映る私は幼く見え、一那の隣が似合うのか?と不安になる
そのマイナスな思いに引きずられる直前

「柚菜? 大丈夫?」

心配そうな声で引き戻され、悩む時間なしと洗面所から
飛び出すとそのまま扉の前に立っている胸に飛び込んでしまった。

「おっとっ! 大丈夫かい?」
「あ、ごめん 慌てて出たら スリッパが引っ掛かったみたいで」
「相変わらず 一寸したことは抜けているな 俺が居なかったら
顔面から床にダイブしてたぞ   」
「っ う  ! そんな事は無いとは言い切れない  」

声が尻つぼみになるのは思い出される幼き頃からの
失態の数々 こんな時 幼馴染とはなんとも厄介なものだ。

でも、こんな些末な事が2人の間にあった緊張感を
緩和させたようで空気がかわったのが多分 お互いに
感じたのだろう一気に口調も砕け

「ほら、柚菜はお化粧してもしていなくても
変わらないんだから鏡の前で睨めっこしていても
時間の無駄だ 行くぞ! 行くぞ!」

腕を掴まれあっという間にクローゼット前に促され、
一那の前で着替えるのを恥じらう暇なくサクサクと
着替えだした一那に慌てて流されるように
着替えてしまい、後から冷静になった車中で
一人百面相をすることになってしまい、
クククと社内に笑い声が響き渡るまでその顔を
恥の上塗り用のように晒していた事にも気づかず、
抗議するように昔の様に頬を膨らませたが
その頬を親指と中指でプッと潰され
一連のその動作が懐かしくて涙が滲み慌てて窓に顔を向け、
景色を眺めるフリをしたが心臓はバクバクと高鳴るのと
同時に身体の中心が鷲掴みされたような痛みにも
襲われた。

今を楽しもう・・・
無くすモノはもう失くしきってしまったのだから。

会社の近くのカフェと言っていたので会社の駐車を
利用するのかと思い若干緊張していたけれど、
コインパーキングにスマートに入庫した時は
ホッとした反面、ガッカリもした。
私はきっと自分を会社の人に周知させたかったようだ。
自己顕示欲の塊で情けなくなってしまった
気にしないと思っていても姉を意識していた。

嫌いだけど、大好きだった姉。
そう簡単には割り切れない。

私達姉妹は何処で間違ってしまったのだろうか?
あの夏の日に昼寝をしなければ?
それとも、2人の所に向かわなければ良かった?
キスしていた2人の前に出て行き、
「付き合ってるの?」と
無邪気なフリをして聞けばよかったの?

私達が初めて2人で出掛けた遊園地で失う事を
恐れないで一那に確認すべきだったのだろう。
思い返せば失う恐怖で呑み込んだ澱みが結局、
結婚生活を少しずつ歪ませてしまった事が
今なら解る。
だからと言ってあの時に戻ってもきっと臆病な私は
同じ轍を踏んでしまうのだろう。


あれこれ過去の失態を考えても時間の無駄だ!
小説のように過去に戻るなんてことは
ありえないのだから
『たられば』に時間を使うなんて私らしくない!!
今度は間違いない様にすればいいんだ!
間違った問題を復習して2度と間違えなければ良いと
あの人は左手にもった本を閉じながら諭すように
ユックリとした口調で励ましてくれた。
その過去さえ私には大事な過去。

一那にだってそう言う大事な過去の1つが
姉なのかもしれない。

それを自分の成長の糧にして生きて行こう!


それで失っても後悔しない様に。
手をそっと繋いで歩き出した一那の横顔を見ながら
心に誓う。



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