社長、それは忘れて下さい!?


  *****


 執務室に入ると、旭が顔を上げて二人を出迎えた。

「お疲れ様です、社長。涼花もおかえり。道混んでたの?」
「えっと、そうですね……少し」

 旭に尋ねられ、言葉を濁す。黒木に頼んでスピードを落としてもらったので予定時刻から遅れてしまったが、本当は道はそれほど混んではいなかった。

 その事実を龍悟に知られないよう頷く。寝ていた龍悟は道の混み具合など知らないので、涼花の言葉は特に突っ込まれることはなかった。

「終わったなら、旭も秋野も今日は帰っていいぞ。明日は遅くなるしな」

 龍悟の言葉で、明日はまた会食の予定があることを思い出す。涼花と旭が揃って返事をすると、龍悟も頷いて帰宅の準備を始めた。

「涼花」

 旭に呼び止められたので顔を上げると、彼は自分の頬を人差し指の先で叩きながら、涼花に『笑って』と合図してきた。

 確かに接待は面倒だが、そんなに仏頂面してたかな? と首を傾げてすぐに、数日前に旭に言われた言葉を思い出す。

「!」

 言葉を失った涼花に微笑むと、旭はPCの電源を落として颯爽とデスクから離れた。言葉そのものは定型文だが、声のトーンだけがやたらと陽気な挨拶を残して。

「それでは、お先に失礼いたします」
「ご苦労さん」
「お疲れ様です」

 扉の向こうに消えて行った旭に、それ以上のかける言葉は見つからない。見つかったところでもういなくなってしまったのだけれど。
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