社長、それは忘れて下さい!?
「あの男は何も知らないままだ。涼花がどんな顔で達くのかも、どんな声で啼くのかも……」
「ちょっ……、と! ……何言ってるんですか!?」
慰められたのかと思ったが、どうやら違ったらしい。嫉妬というほど明確な感情ではないが、涼花の『初めての男』に遭遇して、少しばかり面白くないと感じたようだ。
「お前の全てを知ってるのは、この世で俺だけ。俺しか知らない……そうだろ?」
憮然とした態度で言われ、うう……と言葉に詰まる。現実として涼花には龍悟以外の男性とも経験がある。だが、相手がその行為の一切を記憶していない以上、地球上に涼花の全てを知っているのは龍悟だけということになる。
だから否定の言葉など出る筈もない。素直に認めるのもかなり恥ずかしかったが、何とか頷くと機嫌が戻った龍悟にそのまま唇を重ねられた。
恥ずかしい心地で口付けに応えると、離れた龍悟がふっと笑顔を浮かべた。指先が耳元に触れると、意図せずピクリと身体が反応する。けれど龍悟はその反応まで楽しむように、さらに耳や髪に指を絡ませた。
「他の男に傷付けられた事なんか、もう二度と考えなくていい」
「……はい」
この人はどうして、こんなに心を掴まえるのが上手いのだろう。
黒い龍の双眸に捉えられれば、勝つことと逃げることは出来ないのだと本能的に悟ってしまう。あるのは敗北のみ。ただ心を奪われて、なすがままに身を任せることしかできない。
けれど、それでいい。
龍悟は涼花を傷付けない。むしろいつだって心の隙間を埋めるように浸潤し、何かの魔法のように涼花の傷口を癒していくことを知っている。
龍悟の方が、よほどファンタジーだ。不思議なことに、もう先輩の顔も、何を言われたのかも、思い出せない。
「涼花……」
「……ん。……っ」
記憶力はいいはずなのに、再び名前を呼ばれて唇を重ねられると、思い出そうとしていた行動そのものまで何処かへ飛んで行ってしまう。聖なる神龍のような瞳に射止められ、愛おしさと畏れを抱いたまま口付けに応じる。
何かのスイッチが入ったらしい龍悟は、口角を上げると自分のネクタイの結び目に指をかけた。
「そうだな……。涼花にも、俺の事をもっと知ってもらおうか」
あっという間に中身が無くなった涼花の脳内に、龍悟は新しい知識と経験を植え付けると高らかに宣言した。
―――Fin*


