社長、それは忘れて下さい!?
立ったまま抱きしめられていたが、何度か肩をしゃくり上げると、離れた龍悟に優しく手を引かれた。誘われるがままその手に身を任せると、ソファの上にそっと座らされた。隣に腰掛けた龍悟の腕に頭を抱えられると、腰を落ち着けて安心したせいか、再び涙が溢れてきた。
その間、自分が何を言ったのか、それとも何も言わずにただ泣いていたのかも、わからない。気が済むまで腕やら胸やらを貸してくれた龍悟の温度を感じていると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
しばらくそうしていると、そのうち涙が引っ込み、徐々に思考が復活してきた。
すんっ、と鼻を鳴らす。
涙は出たが鼻水は大丈夫だと思ったのに、無意識に啜り上げる行動に気付くと、鼻水も出ているのかと焦った。ほぼ同時に涼花の様子に気付いた龍悟が、ローテーブルの上に置いてあったボックスからティッシュペーパーを引き抜いて涼花の顔に押し当ててきた。
気恥ずかしい心地のまま、少し顔を背けて鼻をかむ。
「落ち着いたか?」
鼻をかみ終わると、龍悟が顔を覗き込んで訊ねてきた。もともと美人ではないのに、泣いた後ならより一層不細工な顔をしているだろうから、見ないで欲しいのに。
申し訳ない気持ちで頷くと、龍悟がふっと笑顔になった。
「大丈夫だ。俺は忘れないから」
「……それ、フラグですよ。次、忘れる前触れだと思います」
「おい、どんな種類の予言なんだ、それは」
龍悟の教育と旭の助言のおかげで最近少しだけ言えるようになってきた冗談を口走ると、龍悟が頭を抱えて『勘弁してくれ』と呟いた。気恥ずかしさを誤魔化すための拙い冗談にもちゃんと笑ってくれたので、涼花も笑い返すことが出来る。
「相当、残念な奴だな。お前の『元』彼氏は」
涙も鼻水も引っ込んだ頃、龍悟がそんな言葉を呟いた。一つのワードだけやけに強調したのは、涼花に現状を思い出させるためだろうか。現在の恋人は自分で、その事を忘れてもらっては困る、と言い含められる。
けれど怒っているわけではなく、むしろ勝ち誇ったように鼻を鳴らされた。
「俺は愛されてるからな。仮に忘れたとしても涼花にちゃんと教えてもらえる」
誰に向かって勝ち誇っているのだと思ったが、口にはしない。それより突然出てきた次の言葉があまりに恥ずかしすぎて、納得して聞き入っている場合ではないと気が付く。