辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する

 モーリスが片手を上げてそう言った。笑いをかみ殺したようなニヤニヤした表情を浮かべて。後で覚えていろよ、とセシリオはモーリスを忌々し気に睨み据える。

「あの……、わたくし、お仕事のお邪魔をしてしまいました。申し訳ありません」

 しばらく屋敷の方を睨み据えていると、落ち込んだようなサリーシャの声がしてセシリオはハッとした。目を向ければ、サリーシャは目を伏せて、手で自身のドレスのスカートを握りしめている。

「いや、全くもって邪魔ではない」
「でも、閣下は今、怒ったお顔をされています」

 サリーシャの眉尻が困ったように下がったのを見て、セシリオは自分がどんな表情になっているか今更ながら気付いた。しかし、表情筋の緩みを隠し通すためにこの表情を崩すわけにはいかなかった。

「仕事のときは大抵この顔だ」
「まあ……、そうなのですか? 大変なお仕事ですわね」

 サリーシャは本当に心配している様子で、眉をひそめてセシリオを見上げた。それを見て、もうだめだと思った。サリーシャが可愛らし過ぎるのが悪い。どうやったって勝てそうにない。根性の表情筋の酷使も虚しく、セシリオは声を上げて笑った。
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