辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する

 ひゅん、ひゅん、と風を切る音が聞こえる。

 初めて訪れる訓練場の中を恐る恐る覗くと、そこは土を固めただけの広めの広場になっていた。そして、入り口から三十メートルくらい離れた中央付近でセシリオが剣を振るっているのが見えた。

 ──セシリオ様、とっても素敵だわ。

 サリーシャはセシリオが剣を握るのを見るのは初めてだ。
 磨きあげられた剣が夕日を浴びてキラキラと輝く。それなりに重い剣をまるで棒切れを持つかのように軽やかに、そして、演舞を披露するかのように鮮やかに、セシリオは剣をふっていた。その華麗な動きに、サリーシャはしばしの間、時が経つのも忘れて見惚れていた。

 どれくらいそうやって眺めていただろう。ふと動きを止めたセシリオが視線を移動させ、サリーシャの姿を捉えて僅かに目をみはった。

「サリーシャ?」
「! 閣下!」

 セシリオが自分に気付いてくれて、名前を呼んでくれた。たったそれだけのことが、とても嬉しい。
 サリーシャは思わず全力で走り寄ると、まっすぐにその広い胸に飛び込んだ。驚いた顔をしたセシリオは、慌てた様子で持っていた剣をその場に投げ捨てると、危なげなくサリーシャを受け止める。ぽすんとぶつかる衝撃と共に、ふわりと体を包むぬくもり。それに、ほのかな汗の匂い。
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