政略懐妊~赤ちゃんを宿す、エリート御曹司の甘く淫らな愛し方~
 母の死の悲しみに浸る余裕もない間に父が蒸発し、将来女将として働くことが夢だった旅館はなくなり、大学も辞めることになってしまった。そして多額の借金だけが残り、このあたりで一番安い賃貸アパートで暮らす日々に正直、泣きたくなることはたくさんあった。

 だけど泣いたって現状は変わらない。それに私には守るべき家族がいる。それをきっと母も望んでいるはずだし、いつか父も戻ってきてくれると信じたい。

 ちょうど来月は私の二十歳の誕生日。もしかしたら父が祝いに戻ってきてくれるかもしれないと密かに期待していた。

 だけど私と瑠璃が塞ぎこんでいたら、父は私たちのもとへ帰るに帰れない可能性もある。だからつらいとは思わず、毎日どんなに小さなことでもいいから、幸せだと感じて暮らすのが私の目標なんだ。そうすれば父もなにも気負うことなく帰ってこられるはずだから。

 それに泣いたってなにかが変わるわけではない。だったら笑って過ごしてほうがいいに決まっている。

「コロッケもおいしいけど、やっぱりお肉がぎっしり入ったメンチカツも最高」

 サクサクで中からは肉汁が溢れてくる。

「瑠璃にも食べさせたかったな」
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