関係に名前を付けたがらない私たち
 お客さんからのリクエストで宇多田ヒカルの”Can You Keep A Secret?”を初めて歌った日、あまりに酷い歌唱力に私はすこぶる凹んでいた。

「……こんなの歌えるわけないじゃん」

 いじける私に、リクエストしたお客さんのほうがたじたじになり「あいぼん、ほら、モー娘。歌ってよ。あいぼん、加護ちゃんと同じあだ名なんだし」

 あだ名が同じというだけで、なぜモー娘。を歌わされるのか理解に苦しんだ。というか、あいぼんというあだ名は、加護ちゃんが世に出て来る前から、私はそう呼ばれていたわけで、私こそが本家本元なんだけど。

「あいぼんは加護ちゃんっていうより、あゆに似てるよ、あゆ。そうだ”evolution”歌ってよ」

 どこが浜崎あゆみに似ているのか。
 哺乳類ヒト化と年齢くらいしか共通点がないギャルのカリスマの名を挙げられた。こう言っておけば私が喜ぶとでも思っているのか。しかも歌えるはずのない曲を勝手に入れられ、またしても私は無様に撃沈した。

 お客さんも、女の子たちも、皆、微妙な顔をして私を見ている。何の罰ゲームなんだ。

 ああ、最悪だ。最悪過ぎて泣けてくる。

 耕平と別れて2ヶ月が過ぎた。
 暦の上では秋である9月。ワシャワシャ蝉は命を燃やすように歌い続けている。けれど、最近は少し涼しくなったからか、蝉の死体がそこかしこに転がっていて、死んでいると思って近づくと突然動き出すから腰を抜かしそうになる。
 怖いんでやめてください、ほんと。
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