あの日溺れた海は、
「あ、わたし職員室に用があるから、ちょっと先に行くね!」
「え?」
「ちょっ」
鞄を背負うと戸惑う二人を半ば強制的に置き去りにしてわたしは足早に教室を後にした。
やっぱりもう一度部室を探してみないと諦めがつかない。
そう思ってわたしは職員室へと向かった。
「近藤先生。」
職員室へ入ると、室内の真ん中ほどにある机の島に掛けてお弁当を広げていたおじいちゃんに声を掛けた。
おじいちゃんはお弁当からわたしに視線を移すといつものようににっこりと笑って「井上さんか。どうしたの?」と問いかけた。
「部室にどうしても取りに行きたいものがあって…鍵を少しだけ貸してもらうことってできますか?」
まだ正直に『コンテスト用に書いた原稿を失くしました。』なんて言えずに、しらっと嘘をついた。
そんなわたしの嘘に気づかないおじいちゃんは、ああ、部室の鍵ね、と手に持っていた箸を置いて、校内のありとあらゆる教室の鍵がしまってある棚へと向かった。
わたしもそのゆっくりな足取りの後ろをついていく。