あの日溺れた海は、

「せんせ「あの」

 
2人の声が重なって、それから小さく笑い声が響いた。

わたしの中の緊張の糸がぷつりと切れた。
 
   
「先生から、どうぞ。」
 

「いや、いい。井上さんから…。」
 

「いやいや。先生から。」
 

暫く押し問答が続いて、それから先生は諦めたのか、少し沈黙を挟んでから口を開いた。
 
 
「小さい頃を思い出して、ただ、それだけです。」
 
どこか切なそうに言う先生にわたしはドキっとした。
 

「先生の、小さい頃?」
 
 
知りたい。



「雪が降ってたんですか?」 
 
「ああ、うん。まあ。…いや、やめておきましょう。」
 

そう言う先生を制して「知りたいです。」と伝えた。


先生は一瞬戸惑いを浮かべたが、「…わかりました。ショッキングかもしれないけど。」と言った。
 

ショッキング、と言う意味がわからず、少し怖くなったけど、それでも先生の過去に触れたくて、「はい」と答えた。
 
 
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