エリート弁護士との艶めく一夜に愛の結晶を宿しました
「私がかわいそうだった? 父に恩を感じていたから? 『聞かなかったことにします』って一度は突っぱねたくせに……」

 そこまで言って涙が溢れ出して声にならない。

 違う。稀一くんを責めてもどうしようもない。自分で決めて知らないふりをしていたことを、こんな形で問いただすつもりはなかったのに……。

 やっぱり私は聞き分けのいい妻にはなれない。

「日奈乃と結婚したのは俺自身の意思だよ」

 降ってきた声に私は目を見張る。稀一くんは私の頬に触れ、目尻に溜まった涙を優しく親指で拭った。

「俺が自分で望んで日奈乃と結婚したんだ」

 はっきりと告げた彼の表情から取り繕ったものではないのは伝わってくる。とはいえ、素直に信じられない。

「嘘、嘘でしょ? だって稀一くんは、自分をしっかり見てくれる人と結婚するって言ってたって……」

 よれよれの声で喋るたびに涙がこぼれ、彼の手を遠慮なく濡らしていく。

 誰の話を聞いても、彼が私との結婚を望んでいなかったんだって思い知らされた。

 本気で離婚を考えたところに妊娠がわかって、お腹の子のためにも稀一くんの事情や彼がどんな気持ちで私と結婚したのかを含め、全部受け止めようと思っていた。

 大事にされている事実にだけ目を向けようと。 

 けれど、もうずっと前から、もうひとりの私が心の中で悲鳴を上げ続けていた。

『……不安になったの。稀一くんと夫婦でいるのが』
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