S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う
「……どうしたの?」
「俺たち」
朋久がなにかを言いかけたそのとき、今度は彼のスマートフォンがヴヴヴと空気を震わせた。
「菜乃、悪い。先に部屋に帰ってて」
「うん、わかった。お迎えもチョコも水も、ありがとう」
めいっぱい笑顔でお礼を言ったら、朋久の目元にわずかに照れが滲んだ。
車を降りてエレベーターに向かう。
上げた口角も細めた目元も、すぐに力なく定位置に戻り、菜乃花は真顔になった。
(もしかしたら朋くん、同居は解消しようって言いかけたのかも……)
菜乃花ももう大人で、高校生や大学生のときとは違う。血の繋がりのない男女が同居していたら、世間はどうしたって色眼鏡で見るだろう。
先ほど菜乃花が口走った『付き合ってないよ』という言葉が、朋久を目覚めさせたのかもしれない。ほかの人から恋人同士と認識されたら、困るのは彼だ。
朋久に特定の女性の影はないが、三十二歳にもなればそろそろ結婚を考えてもおかしくない。日本四大法律事務所に数えられる事務所の次期CEOだから、それなりの家柄の娘との縁談があがっていい頃だ。
やはり同居は解消すべきなのかもしれない。このまま一緒にいても、菜乃花の想いが通じる未来はないのだから。
菜乃花は差し迫った未来への不安から、朋久に買ってもらったミネラルウォーターのペットボトルをぎゅっと胸に抱いた。