恋降る日。波のようなキミに振り回されて。

第20話 喧嘩なら良かったのに

 野際の、嘘でも良いから付き合おう作戦から、1ヶ月が経った。過ごし方が依然と変わらないので、わたし達が付き合っている事をどうこういう生徒はいなかった。野際は、わたしに無駄に近づいて来ない。葉山も、あれからわたしに話しかける事はなかった。

 ただ、慣れないのは、あーるが同じ教室で勉強しているという事である。浮いてるけど、浮いてない。最初は、女の子達がきゃーきゃーと取り巻いていたけれど、飛び級も喉元過ぎればなんとやら。教室は落ち着きを取り戻し、みんな受験に向けて勉強に打ち込んでいた。わたしはというと、あーるが「あの日」から、全く話しかけてこない状況で、気まずさを引きずっていた。

 あんな事があったとしても、あーるの事だから、向こうから何にもなかったみたいに話しかけてくるだろうと思っていた。だけど、一向にその気配はない。むしろ、わたしなんかいないみたいに振る舞っている。船でもバスでも、離れて乗っている。帰りなんかは、同じタイミングで帰る事も少なくなっていた。5月の海面が今日を引きずり込む時間に、わたしはみゆきの隣で島行きの最終の船便に乗っていた。
「最近あーる君見かけないね。どうしたのかな?」みゆきは、我が子の事を心配するかのような口調だった。
「なんでかな。わかんないよ」あの事が原因だなんて認めたくはない。
「あーる君部活してるんだよね?」たぶんね、と思いつつ、
「知らないよ。物理部って行っても行かなくてもいいような部活だもん」と、早くこの話が終わればいいと願うばかり。
「野際君に聞いてみたら?」そう言われると予想していても、
「なんでわたしがそこまでしないといけないのよ」語気を荒げずにはいられなかった。
「だって、野際君と仲良いじゃない」たぶんだけれど、みゆきはわたしと野際の事を知らない。知らないからこそ純粋に聞いてくるんだろう。わたしは気持ちの置き場に困っている。
「そこまでして、あーるの心配する事ないよ」穏やかな海に滑っていく船を送る風達を、横目で見ながら答えた。
「だって、はーちゃん、」話を止めようとしないみゆきに思わず、

「もうやめよ」

 大切な幼馴染みに対して、なんて言葉を言ってしまったのか。言ってから後悔した。

「わかった」

 わたしのイライラと自分勝手さをぶつけられたみゆきは、それでもなお優しい態度でわたしの傍にいてくれた。ごめんと謝りたかった。だけどその言葉を口にする事はできなかった。
 その理由はわかっている。

 謝りたい事が、脳みその中に山ほどあるからだ。

 その週末、久しぶりに島の同級生達と夜、いつもの海岸沿いに集まる事が決まった。それぞれの高校で進路をどう考えているか、久しぶりにゆっくり話そうという趣旨だった。船を降りる前、集合場所に一緒に行こうとみゆきと約束をした。「いつものところで」で事足りた。弟達が相も変わらずゲームをしている部屋を通り過ぎ、玄関を出た。父さんと母さんは寝ている。今は20時過ぎだから、あと2時間もすれば起きて漁に出る。

 玄関を出ると思ったより肌寒くて、部屋に上着を取りに戻った。今一度弟達の部屋を通り過ぎようとしていたらドアが開いた。
「「姉ちゃん、どっか行くの?」」2人して聞いて来た。珍しい事もあるものだ。
「いつもの海岸だよ」そう言いながら玄関に腰を下ろして靴を履いた。
「みゆきネエと、近道して行くんだろ」2人とも上半身だけ部屋から出ていた。
「そうだよ。あんた達さー、あんまりうるさくすると母さん達眠れないからね」わたしは眉間にしわを寄せて弟達の方向に体を向けた。
「藪を抜けた所がさ、滑りやすくなってるから、気ぃつけた方がいいよ」
「俺ら、昨日コケたんだよ」
 2人なりに、姉を気遣ってくれていたのだ。話しかけられたのが面倒くさくて、2人を軽くあしらおうとしていた自分が少し恥ずかしい。
「そうなんだ。気ぃつけるわ」
 わたしがそっと玄関のドアを閉めるのと、弟達が再び部屋で騒ぎ始めるタイミングが同じだった。

 いつもの場所に、すでにみゆきは来ていた。弟達の警告をみゆきに伝えると、みゆきも弟くんに同じ事を言われたらしく、「俺ら」は2人でなく3人だった事が判明し、2人で笑った。藪の中を通り抜け、警告された場所を慎重に通り過ぎ、海岸に着いた。すでに3人到着していた。この3人は別の高校に行っていて、部活をしていない為、島に早く帰ってくる。ようするに暇を持て余しているのだ。集まろうと言い出したのもこの3人だ。小さな同じ島に住んでいるのに、通学の船が一緒でないだけで、お互いの生活が全くわからない。それは向こうも同じ事だから、近況について話が止まらなかった。

 海岸沿いでとめどない話が終わらないでいると、港の方から船の音が聞こえ、光が動いた。22時過ぎたのがわかった。その頃にはほとんどの同級生が集まっていた。わたしが進学を考えている事については、大半の同級生から「無理でしょ」と一刀両断されてしまった。さすが同級生達、容赦ないしよく解っている。あまりにはっきりと言われてしまい、心折れそうだった。だけど、ここで天下のみゆき様からのフォロー。
「はーちゃんはね、がんばるの!」
 この一言で、みんなは納得するしかないのだ。

 船がどんどん沖に出て行く。闇が一瞬だけ賑やかになる出航の時間が大好きだ。時間にしたら20分もないだろう。全部の船が出て行ったその後は、また闇の静けさが海岸沿いを包むのだった。

 明日はみんな部活が休みらしく、かなり遅くまで話し込んだ。進路の事を話すはずが、小中学生の頃の思い出話にすり替わっていた。まあそれでも良かった。進学の事を根ほり葉ほり聞かれたくなかった。月先輩の事なんか絶対言いたくない。気の知れた同級生であるからこそ、言いたくない話題がある。進学に向けて勉強をしなければならないと、改めて誓った脳裏に、野際と葉山とあーるの顔が浮かんだ。何事もなかったかのようにできないのだろうか。3人の顔が点滅する。3人の顔を映すのは、闇の中においてもはっきりとわかる、赤い回転灯だった。

つづく



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