恋降る日。波のようなキミに振り回されて。

第21話 変な頭痛

「放課後、一緒に勉強しよう」朝一に、飛び込んできた言葉がわたしを緊張させる。若干、目が丸まって、髪の毛に静電気が通る。
「部活、あるし」小声、そう、最も小声で返答をする。体がまだピリピリとしている。冬はとうの昔に終ったと言うのに、突然の静電気が私を覆う。

「今日、部活無いよ。だから放課後教室に残ってて」そう言うと野際は自分の机に戻った。ぽかーんと時を止めたままでいると、
「どうしたの?」みゆきがそばに来ていたのがわからなかった。わたしはカバンを半分だけ開けたままで立っていた。
「いや、なんでもないっ。あのさ、今日部活って……」みゆきに照準が合わない。
「そうそう、今日無いから。コートの付近で工事だってさ。他の部員にも言わなきゃいけないから行ってくる」そう言うなり、みゆきはそそくさともえの所に行き、そして二人して教室を出た。二人で協力して伝えるのだろう。一緒に行くだなんて、もえらしい。

 ふー

 息を吐いてみる。カバンから必要な物を取り出して座る。どうして部活がない事を野際が知っていたのかという事と、一緒に教室で勉強している所を誰かに見られたらどうしようと言う考えが、ぐるぐるとまわる。しばらくすると、誰かに見られたらというより、もっと明確なものがぐるぐるまわりはじめた。もえ・葉山・あーるの顔が、ルーレットのようにまわっている。息が苦しいし、目まいがする。原因不明だったら保健室に行ってる所だ。そうじゃないから、教室の自分の机と椅子の狭間でもがくしかない。今日放課後が来ませんようにと、わたしの中にあるという魔法に強く願った。

 が、それも虚しく、平穏な授業が終わり、気まずい放課後が始まろうとしていた。黒板と後ろの掲示板を見るふりをして教室を見渡す。さっと帰っていく子達は、塾で勉強するか部活があるんだろう。それより、何を話して盛り上がっているのかわからない小集団が、気になってしょうがない。野際がそばにやってくるまで帰ってくれるだろうか?あの子達の過ごし方に意見できないが、今日ばかりはさっさとこの教室から去って欲しいと願う。

 いや、そうでもないか。受験生なんだし、勉強してても不思議じゃないし、今までも野際と二人で勉強してたし。それをどうこう言われた事はないんだから、今更焦る必要はない。そう考える事にした。無論、強引に。平常心・平常心と部活並みに心を落ち着けながら、放課後を座って過ごした。

「ごめん。待ったかな」それは爽やかに野際がやって来た。
「待ってないよ。勉強しよう」やっぱり気になって仕方ない小集団を横目に、わたしは参考書を出した。
「君にしてはやる気満々だね」野際は参考書を手に取って開いた。
「ちょっと失礼じゃない?わたしだって一応受験生ですから」その参考書を野際から取り上げて机に置く。
「あのさ、野際は部活行かなくていいの?」当然の質問をさせてもらう。
「部活より、はじめの事が大切だけど?」質問を後悔した。汗が噴き出る。顔も真っ赤だと思う。さっきの小集団は、と横目で確認するとまだあっちはあっちで盛り上がってる。
「ちょっと、信じられないっ!!こういう所でやめてよ」大声を出したい所だがそうもいかない。声が小さく上ずる。
「わかってるよ。言ってみたかったんだ」わたしは野際を睨む事さえできないくらいのダメージを受けていた。

「じゃ、わからない事があったら聞いて」そういうと野際は隣の机で勉強し始めた。だから、わたしも参考書に集中した。
 そうこうしているうちに、小集団はいなくなっていた。ようやく教室にある酸素を自由に吸う事が出来るようになった。
「野際、ちょっとここの問題教えて」そう言うと、野際は椅子をわたしの方にずらして近づいてきた。近くない?と思ったけど、たぶん今までと同じだと言い聞かせながら、野際の声に集中する。

 1時間半くらい経っただろうか。野際から休憩しようと声をかけてきた。一緒に学校の外にある近くのコンビニに行った。そういや以前も同じように、野際とここへ来たっけ。もうあんまり思い出せない。わたしはミックスジュースを選んだ。野際も同じものを選んだ。そういや前も同じものを食べてみたいみたいな事を言ってたっけ。なんでかよくわからないけど。さっさと買い物を済ませて教室にもどった。ジュースを飲みながら、受験とは程遠い話題で盛り上がった。

「はーちゃん!!」勢いよくがらりと開いた扉の向こうからは、もうおなじみと言ってもいい。あーるが教室に入ってきた。
「あーる、どうしたの?」私は、心臓に張り付けた平常心をフルに使った。
「おれも今日はここで勉強するから」そう言うと、あーるは荒々しくカバンを近くの机に置く。そして私の机の前にある椅子をよけて、机くるっと方向転換し、2つを合わせた。椅子を私と向い合せになるように置いて、ドカッと座った。カバンからノートを取り出して勉強を始めた。

 それについてツッコむ勇気も持たないわたしは、そーっと椅子に座って下を向いた。野際も何も言わず、隣で勉強している。さっきのミックスジュースの味がほぼ吹っ飛んだ。わからない問題はどっちに聞けばいいんだろう。ていうか、こんな状況で勉強なんかできない。このまま参考書の中に体が入っていけば良いのに。

「はじめ、全然集中してないだろ」にこちゃんスマイルの野際がこっちを見ていた。さすがにバレるか。
「あっ、そうかな。問題が難しくてさ」苦しいだけの会話。
「わからない時は、僕に聞かないと。一緒にいるんだし」その一言を言わないでほしいと思うわたしを見透かしているのだろう。
「そうだよね。わかった。じゃさ、これなんだけど」そう言って参考書を手に取ろうとしていたら、
「はーちゃん、おれが教えるから」そういって、あーるが参考書を手で押さえた。なんで意地悪をするの?わたしを困らせたい?怒っているの?聞きたいけれど聞けない事が浮かぶ。
「今日は野際が教えてくれるって言ってくれてるから。あーるは自分の勉強に集中してよ。邪魔しないようにしたいから」自分が持っている穏やかさを総動員させる。
「そうだよ。はじめには僕が教えるから、海阪はマイペースで」野際が、あーるの手の下から参考書を引き抜いた。

 それからの時間は、わたしと野際は一緒に勉強し、あーるは一言も発しなかった。
 最終の船に間に合うように、ぎりぎりまで勉強した。バス停まで野際とあーると3人で歩いた。教室と同じで、わたしと野際だけがしゃべっていた。バスのガラスの向こうの野際が、だんだん小さくなった。あーるはまだ黙っている。わたしも気まずくて、何もしゃべらない。

 バスから降りて、船着き場に向かう。わたしの横をあーるが歩いている。久しぶりだ。そんな事を気にするようになるなんて思ってもいなかった。満潮から引いていく潮の有様を眺めていた。

「はーちゃん」あーるがようやく口を開いた。
「何?あ、あそこ、ボラが飛んだ」しょっちゅう見られるけど、見たら見たでうれしくて、指をさした。
「おれさ、やっぱり納得いかない」あーるはボラの事なんて気にしていないようだ。
「何が?あっ、また飛んだよ」雰囲気の苦さからどうやって逃げ出そうか、それをボラに託していた。
「はーちゃん、野際となんか付き合うなよ」ボラのようには跳ねない会話。船着き場の手前で止まる。あーるも足を止めた。
「野際の事好きなの?」聞いてほしくなかった。嘘なんだから。
「あのさ、付き合ってるって言ってもそういうのじゃないのよ」葉山の事を言うのは嫌だ。
「野際はさ、はじめって何回も呼ぶし、はーちゃんも野際としゃべってうれしそうだし、それって付き合ってるんじゃないの」出た出た。あーる節。

「船に乗ろう」あーるを置いて私は走った。大人もたくさん乗っている最終便。わたしは外側にあるベンチに座った。そこへあーるもやってきた。強引に横に座ってくる。二人して海を見つめていた、と思う。勉強は部活より疲れる。なんとなく頭がくらくらするような。方程式がくるくる回っているような。

減速していくエンジン音に、船が港へ入っている事に気づかされる。島に着くと落ち着くーなんて思いながら、立つ。するとわたしの前にあーるが出た。
「はーちゃん、今夜、いつものところで待ってる」その言葉だけ残して、あーるはタラップへ向かった。

「え?」言葉は置いて行かれた。

 嫌な予感。しか、ない。

 つづく
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