恋の誘導尋問~恋に不器用な先輩に捕われたい~
***

 俊哉さんが社長室からフロアに戻ってくるなり、同僚のみんなはそれまでの混乱を隠すようにお祝いの言葉を口にして、あたたかくお出迎えする。私はその様子を、輪の外から笑顔で見つめた。それまで抱え込んでいた不安な気持ちを、必死になって隠すために。

 俊哉さんの栄転――ここではまったく役職に就くことなく、裏方からみんなを支えて頑張っていた彼をお祝いしなければと、頬の筋肉を駆使して笑いかける。

「ちょっとすみません」

 口々にかけられるお祝いの言葉を遮り、わざわざ人混みをかき分けて、俊哉さんが私の前に現れた。

「佐々木先輩?」

 みんなの手前、名前呼びせずに話しかけたら、いきなり頭を深く下げられてしまった。

「転勤の話をしなくて悪かった!」

「えっ? あ、そんなこと全然……。私は気にしてませんから」

 私たちを見つめる同僚たちからの視線がぐさぐさ突き刺さる中で、自分の考えを告げることに、ひどく戸惑いながら返事をする。

(職場のみんなに、俊哉さんと付き合っていることを知られているとはいえ、こうして謝られることに、いたたまれない気持ちになってしまう)

 私をしっかり見つめて謝罪した俊哉さんに申し訳なさすぎて、どうしても顔をあげることができなかった。

「松尾笑美さん……」

 いきなりのフルネーム呼びに驚いて、上目遣いで前を見る。俊哉さんの口元がなにかを言いかけたのに、石のような固い表情で唇を引き結ぶところが、はっきり確認できた。

「俊哉さん?」

 見たことのない面持ちに、思わず名前を呼んでしまった。

「松尾笑美さん俺は……、君と遠距離恋愛をするつもりはない」

「それって、どういう――」

「言葉のとおりだ。名古屋とここで離ればなれの状態で、恋愛しようと考えていない」

 底の見えない奈落の落とし穴に、一気に突き落とされた気分。死刑判決を告げられた罪人の気持ちって、きっとこんなふうなのかもしれない。淡々とした俊哉さんの口調がいつもと違いすぎて、どうしても受け入れることができなかった。嫌だと言いたいのに、それすらも口にすることがかなわない。

 私をまっすぐ見つめる顔は優しさの欠片もなく、まるでマネキン人形みたいで、あからさまな拒絶を見せつけられている感じだった。

「ちょっと佐々木先輩、なに考えてんのよ。自分の栄転を機に、まっつーを捨てるつもりなの?」

 同僚たちをかき分けてきた斎藤ちゃんが、俊哉さんに手を伸ばそうとしたら、奥からその手を止める加藤先輩が現れた。
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