バカ恋ばなし

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石家先生への“ほほえみ挨拶作戦(?)”を実行し続けた10月頃、私たちの病棟で2週間後に職員旅行を執り行うことになった。9月末頃から米倉主任がいきなり「病棟スタッフでどっか温泉に行かねぇか?」と言い出し、前田師長はじめスタッフの大半が「行きましょうよ!」と賛同したのだ。言い出しっぺの米倉主任が主導で企画が始まり、あっという間に東北地方にあるN県のT温泉へ旅行の予約がとれたのだ。趣味でよく温泉巡りをしている米倉主任だけあって手慣れたものだった。当然私たち新人看護師3人は強制参加である。でも、今回の温泉旅行参加は以前経験した看護部地獄の親睦旅行とは違っていた。あの、ジャンボマックス高木さんは夜勤、鬼軍曹北島さんは「あたし週末は忙しいのよぉ~。」と、極悪田島先輩は「彼氏と出かける予定があるのでぇ~。」で、何だかんだ理由をつけて不参加になったのだ。米倉主任以外で恐ろしい面々が不参加となったので、私は心の底からホッとしたのを感じた。
「有名なT温泉の予約が取れたよ。10月はT温泉に行くからな!石家も来なよ。この病棟に来て思い出の一つでも作らなきゃな。」
「え?いいんですか?でも僕研修中だから……。」
躊躇している石家先生に喜屋武教授が声をかけてきた。
「大丈夫!当直は私がするから。それに沼尻先生も一緒に行くみたいだから石家君、行っておいで。」
「いいんですか?でも先生が当直なんて申し訳ないですよ。」
「いいからいいから。楽しんできて。」
「じゃあ、お言葉に甘えて……。」
(やった!やっぱり石家先生も一緒に行くんだね!嬉しい!楽しみ!でも沼尻先生も同行するのかぁ……。)
私は点滴準備の作業をしながら米倉主任と先生たちのやり取りに聞き耳を立てながら、心の中でやったぁ~!とガッツポーズをとっていた。しかし、沼尻先生が旅行に参加するとのことで、ちょっぴり嫌な感じを抱いていた。
沼尻先生は産婦人科の中堅ベテラン医師だが、ゴリゴリ痩せてキツネのような顔をしており、その様相にピッタリのヒステリー気質で、病棟ではよく癇癪を起こしていた。分娩中では何度もスタッフを怒鳴り散らすのでスタッフ全員から嫌われていた。私は手術室で勤務をしていたとき、緊急帝王切開術の最中に沼尻先生が看護師達を怒鳴りつけているのを何度も見ていた。そんな沼尻先生は宴会が好きで飲みの席では陽気に騒ぎ、何の躊躇もなく看護師達に下ネタをぶち込んでくる。喜屋武教授とは犬猿の仲で、教授がいない所で悪口を連発していた。
「キャンキャン(喜屋武教授)は使えねぇよなぁ!あいつはホントにバカなんだよ!」
そんなマシンガンのように悪口をナースステーション内でぶっ放している沼尻先生に対して、私はかなり嫌悪感を抱いていた。この病棟に配属されたくない理由の中には、この先生の存在もあった。
石家先生があまりにも優しくて真逆の存在なので、沼尻先生の悪印象がかなり強調されているように見えた。
(あのオヤジも一緒に行くのか……夜の宴会では下ネタで暴走しそうだ。うわぁ~恐ろしい!でも石家先生が一緒に来てくれるし、まあ大丈夫だろう。病棟旅行とはいえ、あと2週間で一緒に温泉に行ける!)
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