バカ恋ばなし
私たちは車から降りて石家先生の車の傍に行った。先生の車は国産車でダークブルーのセダンだった。後部座席には参考書や日用品が山盛りに積んであった。
「丸ちゃん、ありがとうね!元気でね!」
石家先生は爽やかな笑顔で私を見つめた。私は思わず先生の胸元に飛び込んで、腰に手を回して抱き着いた。石家先生も私の背中に手を回し、抱き寄せてくれた。
「先生……もし都合が合えばそっちに行ってもいいですか?」
私は顔を上げて石家先生を見上げた。
「いいよ……」
石家先生は私の額にチュッと軽くキスをした。そしてお互い身体を離した後、石家先生は運転席のドアを開けて長い脚を折り曲げて車に乗り込んだ。
「じゃあね!」
石家先生は窓を開けてさわやかな笑顔で手を振った。そしてエンジンをかけてハンドルを回し、医師寮の駐車場を出発していった。
「気を付けてね!じゃあね!」
私は右手を振り若干引きつった笑顔で石家先生を見送った。先生の車のテールランプが見えなくなるまでしばらくの間見つめていた。
「行っちゃった……」
石家先生の車が見えなくなった途端、私の心の中に寂しさと虚無感がジワジワと込み上げてくるのを感じた。私は自分の車に乗り込みエンジンを回した。寒い中立っていたので、身体が冷えていた。
車内の暖房を強くして、カーステレオのJポップの音量を大きくして歌いながら車を走らせた。
歌うことで気を紛らわせようとしていたが、意識すると余計に寂しさが込み上げてくるのを感じた。
(でも、先生に電話をすることはできるんだから!繋がりはあるんだよ!)
一方でそういう思いも蘇ってきていた。
「そうだ!機会を見計らって先生に電話をしよ!そしてまた会いに行けばいいじゃん!」
私は車内ではっきりと独り言を呟いた。言葉に出すと何だかモヤモヤした寂しさが徐々に薄らいでくるのを感じた。そしてこれからのことに思いをはせながらハンドルをグッと握った。
夜、お風呂に入っているとき、湯舟に首まですっぽりと浸かりながらふと石家先生と一緒に食事をしている場面、夜一緒に過ごした場面を思い出した。
「あのとき、時間が止まればよかったのにな……」
私はボソッと独り言を言いながらむなしい気持ちになった。車の中ではっきりと「また会いに行く!」と言ったものの、現実に戻るとまたむなしさが勝ってくるのを感じた。そのまま湯舟に浸かりながらしばらく考え事をしていた。かなり考えていたのか、湯舟から上がったときに少しクラっとした。
ベッドへ入りフカフカの布団の中に身体を埋め、毛布の柔らかい感触を味わっていると石家先生の爽やかな笑顔と肌の感触、胸板から伝わる心臓の鼓動を思い出してしまい、胸がキュンキュンしてなかなか眠れなかった。
この胸がキュンキュンしてむなしい想いは石家先生と再会するまでの間ずぅ~と続いた。
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