嘘カノでも幸せになれますか
「歩きながらで申し訳ないんだけど。これ、見てくれるか?」
そう言って私に手渡してきたのは音符がたくさん書いてある楽譜だった。
「それ、キーボードパートの譜面なんだけど。3曲あるんだ。それ、1週間で弾けるか?」
「えっ? 私が弾くんですか? なんで?」
受け取った楽譜をめくりながら暖先輩に質問した。
「来月中にバンドのデモを作らなきゃならなくてさ。そのデモが採用されたら俺たちのバンドがアマチュアバンドのフェスに出演できるんだ」
「わぁ、凄い! フェスに出るんですか? っていうか、暖先輩ってバンド組んでるんですね。知りませんでした。咲希もそんなこと言ってなかったし。」
「あぁ、そうだな。学校のダチで知ってるのは一輝くらいだからな。内緒にしてる訳じゃないけど、なんとなく言ってないな」
「それで、なぜ私にバンドの話を? しかもこの楽譜はオリジナル曲ですよね?」
「ああ。その3曲で勝負するつもりなんだけど、キーボードのヤツが指を怪我してレコーディングまでには治らないらしいんだ。だからレコーディングの助っ人を探してんの。キーボードが結構重要なんだよ、俺たちのバンド。キーボードなしだと重厚感出ないし、音が薄くなるんだよな」
「だからって、私じゃ無理ですって」
「ん。とりあえずお前が無理かどうか今からスタジオで弾いてもらうから。俺に何かお礼してくれるんだろ? それ、今してくれる? だからスタジオに付き合え」
はい? 暖先輩、強引すぎない? 私、試されるってことだよね。
オーディションされるってこと?
その場から動けなくなった私の手を取って、暖先輩が歩き出す。
初めて男の人と手を繋いで歩いているのに、そんなことはどうでも良くて。
私の頭の中はキーボードとオーディションのことで頭がいっぱいだった。