魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「ああ、ありがとう」
 トラヴィスは知っている。この状態の彼女は、物凄く怒っている、ということを。書類仕事を放り出してその辺に逃げていると、こんな顔をしてよく彼女は追ってきたものだ。
 トラヴィスはレインが淹れたお茶を一口飲んだ。

「にがっ」

「薬草茶ですから。目も覚めて、疲れもとれて、一石二鳥ですよ」
 やはり、頬杖をついたままのレインが答える。
 だから、この状態の彼女をトラヴィスはよく知っている。彼女が物凄く怒っている、と。

「よろしかったら、お菓子もどうぞ。甘いものですが」
 彼女の目が怖い。顔は笑っているように見えるけれど、目が、目が、怒っている。

「すまない」
 と目を伏せて、一言だけ詫びる。怖くて彼女の顔を直視できない。
 じっとトラヴィスを見ていたレインだが、ふっとその表情を和らげた。

「いつものトラヴィス様で安心しました」
 そこでレインも一口、お茶を飲んだ。

「私も、レインが元気そうで安心した」
 トラヴィスが顔をあげると、彼女と目が合った。黙ってお茶を飲んで、お菓子をつまむ。甘い、そして苦い。

「トラヴィス様、そろそろお話をうかがってもよろしいでしょうか」
 その沈黙をやぶる一言。
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