魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 トラヴィスは申請書を教会へと提出した。この婚姻の書類は提出して受領されれば、婚姻が認められるわけで、だがそのサインを偽造する者もいるわけで。
 だから教会ではきちんと本人が書いたサインであるかを確認する術を持っている。トラヴィスのそれも確認されたが、何も問題なく受領された。

 紙切れ一枚ではあるが、これでレインと結婚したことになる――。
 その後、自宅に戻ったトラヴィスは、使用人たちに結婚した旨を伝える。彼もまた、イーガン家の当主となっていた。両親はとっくの昔に他界している。それもこれも魔物のせい。
 トラヴィスは自室のベッドへと倒れ込むと、そのまま次の朝まで眠りこけた。

 眠りこけてしまったトラヴィスは気付いていない。この屋敷の使用人たちが彼のことを心から心配して、不安になっている、ということを。
 彼の婚約者がカレニア家の娘であることを、皆、知っている。だが、本当に結婚できるのか、というところは不安だった。何しろ相手は、魔導士としても名門のカレニア家。対してイーガン家は、魔導士の家系というわけではない。仮に彼の両親が生きていたとしたら、トラヴィスが魔導士団長になったことを心の底から驚いていただろう。というそんな家。
 だから、彼が「レインと結婚した」と報告したことに対して、とうとう妄想に取りつかれてしまったのか、と心配していた、ということだ。
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