魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「レイン」
 とライトが赤ん坊の名を呼ぶと、彼女は小さな手をパタパタと振っていた。そこに人差し指を差し出すと、その小さな手がギュッと握りしめる。小さな手であるのに、思ったよりも力強く、そして温かかった。この小さな妹を守らなければ、と、ライトは思った。

「あ、いいこと考えてしまった」
 父親が不敵な笑みを浮かべる。たいてい、この父親のいいことはいいことでないことが多い。
「ねえねえ、ニコラ。レインが大きくなったらライトと結婚させよう」
 案の定、いいことではないことだった。

「父さん」
 それに思わずライトは声を荒げてしまう。その声に驚いたレインが、顔をくしゃくしゃにし始めた。

「おいおい、ライト。あまり大声を出すものじゃないよ。レインが驚いてしまったじゃないか」

「あなたが変なことを言うからでしょ」
 ニコラはレインをそっと抱き上げて、心臓の音を聞かせるかのようにレインの頭を胸の間においた。くしゃくしゃだった赤ん坊の顔は、次第に元に戻る。ライトは「ごめんね」と言って、妹の小さな頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を閉じていた。
 この小さくて弱い妹を守りたいと思うようになったのは、この時からだったような気がする。
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