魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 仕事を終えて屋敷に戻ってきた父親はなぜか上機嫌だった。レインの頭を撫でていた。そしてニコラに向かって。
「さすが、ベイジルの娘だな」

「父さん」
「あなた」

 ライトとニコラは同時に父親を制していた。

「ベイジルって誰?」

 それは、レインが初めて本当の父親を知った時だった。
 魔力が無限大と言われ、さらに父親だと思っていた人物は父親ではなかったことを突き付けられ、たった十歳の妹は何を思ったのだろうか。それでも彼女が冷静にそれを受け止めることができたのは、やはり母と兄と、そして父からの温かい言葉があったからだろう、と思う。

「レイン。君の本当の父親はベイジルという大魔導士だ。だけど、今は私たちがレインの家族だ。それが、わかるか?」
 父親のそれに、レインは力強く頷いた。無理やり頷いたのかもしれない。
 彼女は唇を固く噛み締めていたから。

 その夜。ライトはニコラが父親の胸の中で泣いているのを見てしまった。なぜ、あの()まで、魔力が無限大なのか、と。
 ニコラは静かに泣いていた。これではあの人(ベイジル)と同じように、魔力の枯渇に陥ってしまうのではないか、と。

 大魔導士ベイジルの死はいろいろ憶測が飛んでいる。一部では、病死とも言われている。だが、本当は魔力枯渇による生命力の枯渇かもしれない、ということを、ライトはこのとき知った。そして、同じことが妹にも起こるかもしれない、ということを。
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