最愛ジェネローソ
部署内、全ての人にコーヒーを配り歩いて、一番最後に稲沢くんのデスクまで辿り着く。
すると、席で与えられた事務作業と、にらめっこしていた彼がこちらを見上げた。
目が合ったので、とっさに口角を上げる。
「コーヒー、どうぞ。ブラックで良かったですか」
「はい」
デスクにソーサーは無しで、ホットコーヒーのカップを置いた。
やはり、お礼の言葉は出てこない。
その代わりに、またいつものように小さく首で会釈している。
見返りを求めている、なんてことでは一切無いが、もう一言「ありがとうございます」があっても良いのでは、と感じてしまう。
こういう部分も1つずつ、然り気無く気に障らないように、指導していくしかないのだろう、と当惑する。
「咲宮さん」
「は、はい」
彼の方から珍しく名前を呼んでくれた為、心の準備が出来ておらず、思わず声が上擦った。
「教えて頂きたいことがあります」
「あ、はい。どんなことでしょう?」
すると、稲沢くんは書類の箇所箇所を指差す。
分からない用語や、まとめ方が分からない等、質問を明確に伝えてくれた。
きっと自分がコーヒーを配りに来る、少し前までに、困ったことをまとめてくれていたのだろう。
非常に熱心ではないか、とそこは感心する。
純粋に知りたがってくれる姿勢には、やはりしっかり応えたい。
「――あとは……。過去に似通った事例もあったりするので、この共有フォルダ内の、データファイルを参考にしてもらうのも良いかと思います」
「はい」
「直近半年分なら、データファイルも有りますが、ここにも紙でファイリングしてあります。この紙の資料の良いところは、先代たちの手書きのメモが残っているので、こうした意図を理解しながら、進められるところですかね」
「はい」
「最後は、稲沢くんに質問してもらった、この集計の仕方ですが……。えっと……。あ、このシステムのここから入ってもらうと、パソコンが勝手に、条件ごとに合計を割り出してくれます」
「はい」
自分が長々と説明していても、真面目にボールペンを走らせ、ヒラヒラ動く自分の指先と、メモ帳との間を視線で行き来している。
はじめに彼の人格を、きっとこういう人なのだろう、と決めつけてしまった自分を、本気で反省させなければならない。
稲沢くんのボールペンを動かす手が止まったところで、説明の締めに声を掛ける。
「この方法を上手く活用すれば、少しずつ手間を減らせて、少し楽ができちゃいますよ」
周りに聞こえると、厄介なことになる為、声をやや控えめにする。
自分としては、彼にくだけてもらいたいと思い、冗談交じりに少し笑ってみせる。
その時、稲沢くんは笑い返してくれるどころか、動きを止めてしまった。
相変わらず、彼の感情は見えない。