最愛ジェネローソ



「……ありがとうございます。やってみます」



突然、ぎこちなくなった稲沢くんを不思議に思いながらも、あえて触れない方が良いのだと思い、そのまま続ける。



「他には、困っていることはないですか?」

「特にありません」



第一印象は、完全に崩れ去った。

初めての環境で、知ろうとしてくれる姿勢は、こちらとしても大変有難い。

ここは新入社員時代の自分には、一切無かった部分だ。



「……稲沢くんは、凄いなぁ」

「え」



思わず、漏れた心の声が、彼にしっかりと届いてしまったようだった。

タメ口で思わず、溢してしまったが、そこは自分の方が4つ年上なので、気にしないことにする。



「分からないことは、きちんと全部聞きに来てくれるので、凄いなって思います」

「僕は、普通のことをしているだけなので、別に凄いとか……」

「それが普通にすることが、出来ない人だって世の中には居るんですよ。質問するのにも、かなり勇気がいると思いますから」

「はぁ」



稲沢くんは謙遜をしていたかと思えば「出来ない人もいる」ことに納得がいかないようだ。

その精神は、ある意味で大物になると思う。

苦笑いを浮かべる自分に、今度は稲沢くんが言った。



「僕は、咲宮さんが凄いと思います。出来の悪い新人の僕にも敬語を使って、丁寧に対応してくれてますし。ちゃんと意見だって、蔑ろにせず、聞き入れようとしてくれる」

「う、うん? 皆さん、稲沢くんのこと大切な新人さんなので、大切に育てさせてもらいたい、って思っていますよ」



稲沢くんの言葉の意図が汲み取れず、苦戦する。

その上、彼は自分で自身のことを「出来の悪い」などと言った。

表情からは相変わらず読み取れなかったが、自己肯定感が意外と低い。

彼のことは、むしろ積極的で凄いと思うのに。

少し戸惑う自分に、稲沢くんも何かを考え込んでいるのか、黙り込んでいる。

そして、その後すぐに言葉を選ぶように発した。



「新人だからって、形だけの対応じゃなくて……。1人の人として尊重してくれる人なんて、なかなか出会えないって話です」

「あ、はい。ちゃんと、皆さん――」

「咲宮さんって、鈍感ですね……!」



少し強めの口調で最後に言い放った稲沢くんに、驚いてしまう。

あまりの驚きに「え、あ、はい」などと放心状態に近い状態で、かろうじて相槌を打っている。

その直後から、稲沢くんは業務に集中し始めた。

驚かされた状態のままで取り残された自分の肩に、誰かの手が置かれる。



「華ちゃん、華ちゃん」

「あ……。はい」



振り返ると、そこには角野先輩が居た。

すると、先輩は静かに頷く。



「すみません。私、ご機嫌を損ねてしまったようで……」



すると、また無言のままで首を横に振る。



「今は、そっとしといてあげな?」



角野先輩は、既に全てを察しているような、そんな表情で自分を宥めた。

稲沢くんとの、これからの関係に不安が残る。


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