最愛ジェネローソ
食後のコーヒーを飲み終える頃、窓の外の雨脚はさらに強まっていた。
ソファーで隣り合う俺たちの間に、静かな時間が流れる。
「……コーヒーも深くて、美味しい」
ふと隣で微笑んだ華さんの、その柔らかな横顔があまりに愛おしくて。
俺は吸い寄せられるように、彼女の頬に指を伸ばした。
けれど――。
指先がわずかに触れた瞬間、華さんの肩が、びくりと小さく震えた。
「……あ、……ごめん、なさい……」
華さんは弾かれたように身を強張らせ、すぐに申し訳なさそうに視線を落とした。
その微かな拒絶に、俺の指が空中で止まる。
ゴールデンウィークの旅行中も、旅館の夜も密かに気が付いてはいた。
俺が触れようとすると、彼女はいつも一瞬だけ、身体を強張らせてしまう。
その度に俺は、彼女を追い詰めたくなくて、少し怖じ気付いていた。
「……ううん。俺の方こそ、急にごめん」
俺が優しく手を引こうとすると、華さんは慌てて俺の手を掴んだ。
その指先は、頼りなく震えている。
「違うの。よし君が、嫌なんじゃなくて。……ただ、どうしても身体が勝手に……」
彼女は唇を噛み、喉の奥で言葉を探すように俯いた。
その沈黙の重さに、俺は彼女が一人で何を抱えてきたのかを、ようやく、本当の意味で問いかけようと思った。
「華さん。……何か、あった? 俺に話せることなら、話してほしい」
さらに、長い沈黙が流れる。
雨音だけが部屋に響く中、華さんは消え入りそうな声で、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「……かなり前なんやけど。仕事帰りにね、電車の中で、会っちゃって。水川に」
その名前に、心臓が跳ねた。
「……水川、同じ車両に偶然、乗ってきたん。こちらに気づくと、わざと正面に立って。『面影が残ってたから、すぐわかった』とか『俺のこと、昔から馬鹿にしやがって』とか言われた。私の足にも、触ろうとしてきて。……物凄く怖くて。……私が電車を降りる直前に、耳元で『もっぺん虐めたろか』って……」
華さんの指が、俺の手をぎゅっと握りしめる。
「だから、よし君が触れてくれるとき、この手の優しさはちゃんと分かっているのに。……あいつに触られそうになった時の、嫌な感覚が、どうしても頭をよ過って。せっかくよし君が私を大切にしてくれてるのに、こんな風に怖がっちゃって……私、失礼やんな」
「……っ、そんなこと」
俺は言葉を失った。
彼女は、俺に怯えていたんじゃない。
あいつに怯えながら、同時に俺に申し訳ないと、自分を責め続けていた華さんの孤独。
「……そんな風に思わないで、華さん」
俺はもう、迷わない。
彼女を壊れ物に触れるような手つきで、けれど二度と孤独にさせないという決意を込めて、ゆっくりと抱き寄せる。