「お前は一人でも大丈夫」ですって?!~振る際の言葉にはご注意下さい。
愛が悲しそうな顔でこちらを見ていた。達哉に振られたというのに私が笑っているため、強がっているように見えたのかもしれない。そんな私を愛がギュッと抱きしめてくれた。愛の身体から女性特有の甘い香りがする。
癒やされるー。
愛の優しさに千夏は嬉しくなって微笑んでいると、社長室の扉をノックする音が聞こえてきた。それに千夏が返事をすると一人の男性が入って来た。
それは、第二秘書の愛と共に千夏の右腕と言える人物。第一秘書の磯田駈(いそだかける)だった。磯田は艶のある黒い髪を清潔感のある長さに切り、それを後ろへと撫で付けている。眼鏡に隠れる瞳は奥二重でキリッとしていて、一見クールに見えるが実際の彼は、面倒見の良いお兄さんタイプだ。
「何かあったんですか?」
千夏と愛の様子に眉間に皺を寄せながら、磯田はクイッと右手でずれた眼鏡を元にもどしながら尋ねてきた。
「ちょっと聞いてよ磯田ちゃん。千夏ったら達哉さんに振られたんだって」
愛は三人でいる時のみ、磯田のことを磯田ちゃんと呼んでいる。愛の話を聞いた磯田はもう一度眼鏡をクイッと上げた。
「……そうですか」
「磯田ちゃんてば、それだけなの?」
もう!!と言って頬を膨らます愛は人妻には見えないほど愛らしい。そんな二人のやりとりを見ていられるのもあと一ヶ月。大きく膨らんだお腹を支えながら怒る愛を落ち着かせるため、千夏は愛に話しかけた。
「ほら愛たら、そんなに怒らないの。胎教に悪いわよ」
「でも……」
「私は大丈夫だから。それより磯田くん何かあったのかしら?」
千夏が仕事モードに入ると、二人も先ほどの会話が嘘のようにキリッとした顔つきになり、仕事モードとなった。仕事の出来る人間は切り替えの出来る人だと私は思う。この二人を見ていると本当にそうだと思うのだ。
そして仕事モードとなった磯田が話を進める。
「社長、先日行った入社式ご苦労様でした。一週間のオリエンテーションも終わり、本日より各自配属の部所で働くこととなっています。そして秘書課にも一人新人が入る事となりました」
愛が来月から産休に入るため、新しい人をと思っていたけど……。
「新入社員で大丈夫なの?」
「はい。とても仕事の出来る人材です」
磯田がそこまで言うのだ。かなり仕事の出来る人材なのだろう。