フヘンテキロマネスク
振り向かなくたってわかる、聞き慣れた声。
林くんに見せつけるようにぎゅーっと後ろから抱きしめて、私の首元に顔をぐりぐりと埋めてくるのが大型犬みたいで、林くんが目の前にいるのに顔がニヤケてしまいそうになる。
「……まさき、」
「え?なーに?」
「んー、呼んでみただけ」
「もう、なにそれ」
そういえば前もただ名前を連呼されるだけっていう、よくわからないやり取りしたっけ。付き合う前の話だけど。
ふいに頭を過ぎった思い出に懐かしいな、と思っていれば、気がつくともう目の前には林くんはいなかった。
「あれ、林くんは?」
「林?さっきのやつ?なんか悔しそうな顔してどっか行ったよ。『なんだよラブラブかよ』とか言って。愛のパワーで撃退だね」
「なにそれ、愛のパワーってちょっとダサい。バカップルみたいじゃん」
くすくすと笑いが零れてそう言えば、渚は「バカップルでもいいよ。その方が付け入る隙ないでしょ」と。
冗談混じりだった私の声に反して、それに返す渚の声がやけに真面目で、不思議に思って振り返ってみれば、すこしだけ不貞腐れていて面白くなさそうに口をちょんと尖らせている。