ブラッド★プリンス〜吸血鬼と女神の秘密〜
 夢中で走っていると、気付かないうちに中庭へ来ていた。
 教室へ行きたくない。ちょうど木陰になっているベンチに、人影があった。

「どうかされましたか?」

 黒のスーツを着た影楼(かげろう)先生が、物静かに座っている。初めて会ったときとは違って、穏やかな表情に見えた。

「次の授業が始まっているのではないですか?」

 叱るわけでもなく、ただ尋ねるだけの影楼先生。何も答えられなくて、私は黙って立っていた。
 逃げようと思えば出来るけど、もう少しここにいたくて。

「……自分の思うようには、上手く行きませんね」

 話すつもりなどなかったのに、ぽろりと声を落としていた。
 さわわと気持ちの良い風が吹いて、木の葉を揺らす。影楼先生の髪が少し乱れた。

「人間とは、あわれな生き物です」

 空を見つめながら、独り言のようにしっとりと。

「誰かと手を取り合わなければ、生きていけない。常に死ととなり合わせで、(のが)れることは不可能。それが、(はかな)く美しいと言う者もいます」

 ゆっくりと立ち上がり、影楼先生が枝になる青葉をそっとつまむ。

(はかな)いものに心を(まど)わされる者は、(おろ)か者です。未熟で、無知で、無意味。ひとつのことに執着するのは、あわれな生き物がすることです。時には、自らを滅ぼすことになりましょう」

 ぷつりと千切られた葉は、老いるように茶色へとなっていた。

「ですから、あなた方が何かを求め悩むことは、ごく自然なことなのです。あまり深くお考えになられずとも、良いかと」

 それだけ言って、影楼先生は去って行った。
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