置き去りにされた花嫁をこの手で幸せに
昼間、退院したことを室長に電話し迷惑をかけてしまったことを謝罪すると一度電話を切られすぐに折り返し電話をくれた。
場所を変えてくれたらしく、後ろで聞こえていた音が静かになっていた。

『身体のほうはどうだ?心配したぞ』

「はい、なんとか食事が取れるようになったので体力は戻ってくると思います。本当にこの度はご迷惑をおかけしました」

『迷惑なんてかけてない。普段から頑張ってるんだからたまには休んだっていいんだ』

「ありがとうございます」

室長は40代半ばを過ぎたムードメーカーのような人。仕事が出来るのに周りの空気が読め、部内を明るくしてくれる。そんな部長のおかげでうちの部は統率が取れているのだろう。

『仕事が心配でかけてきたんだろう?』

「はい……。辞めたくはないんです。仕事は楽しいし、やりがいもあるんです。でも、彼と同じ職場にいることが不安なんです。正直まだ連絡も来ないし、どう思ってたかもわからないんです。所属は違っても会社が一緒である限り今後も会ってしまうと思います。私が悪くないのに辞めるっていうのは嫌なんです。でも会いたくないんです」

でも、でも……と話がうまくまとめられないままに話してしまう私に相槌を打ちながら優しく聞いてくれる室長。

「槇村の言いたいことは分かるよ。負けちゃダメだ。ここで踏ん張れるかが正念場だろ。槇村は悪くない。俺は応援するよ。部のみんなだって槇村を応援すると思うぞ」

室長の言葉を聞き声が詰まった。

「あ、ありがとうございます」

『それでな、戻ってきてから話そうかとも思ってたんだがこれを機にしばらく沖縄の件に関わらないか?現地のホテルを買収するだろう。行ったり来たりしてもらって、現場を指揮してもらえないか?もともとホテルとしては存在してるが槇村も知っての通りリノベーションし、スタッフの育成もしなければならない。加賀美と2人で現地に入ってくれないかと思って。ただ、始まったら最低半年はかかりっきりだ。
飛行機であっという間だから帰りたくなったらすぐに戻れるし親御さんの心配も少ないと思う。うちのハワイのホテルでしばらく勤務させることも考えたが、槇村には新規案件で頑張ってもらいたいと思って』

『沖縄ですか?確かにそんな話がありましたね。石垣島でしたよね?決まったんですか?』

「あぁ、本決まりだ。方向性はラグジュアリーの中の癒しだ。日常を忘れた優雅なひとときを提供したい。どこにも行かず、このホテルの中で旅行を終わらせたい」

「なるほど」

『加賀美とタッグを組んで槇村には取り掛かってほしい』

「はい」

『じゃ、週明け月曜日から出勤するか?沖縄に飛ぶ相談をしたいし』

「はい」

『待ってるから』

そういうと電話が切れた。

私の居場所がある、そう思うだけで力が湧いてきた。

ただ、加賀美くんと一緒というのだけは気になる。
同期の加賀美くんはちょっと苦手。
やり手の加賀美くんは同期の中でも期待の星。
同じ所属にいる同期は加賀美くんだけだが私のすることを何かとちょっかい出してきて意地悪だ。
私が企画書を出すと課長に見せる前にダメ出しされる。
同期のくせに私のチェックをするなんて嫌がらせとしか思えない。
でも悔しいことに的を得ていて、彼のアドバイスは的確。それがまた悔しい。
そしてその企画が2人のものとして通ることが多く、タッグを組まされがち。
その度に同期なのに嫌味を言われるのが腹立たしいけれど、表裏がないから私もどんどん言い返せるので男とか女とか関係なく同僚としてぶつかり合える。
周りの同期からは凄いな、と言われるが言い合いになってもお互い納得いくまで話さないと気が済まないタチ。折衷案が出るまでぶつかるからこそ私たちの企画はより良くなり採用されることが多いんだと思う。
でも今回は1年か。
長いな。体力使うだろうな。
でも頭も体もフル回転させて何もかも忘れよう。
日本一のホテルに作り出してみせるわ、と急に力が湧いてきた。
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