嘘は溺愛のはじまり
出張から戻ったその日の夜、俺は我が社の取締役である叔父が任されているカフェを訪れた。

叔父の和樹さんは、大手商社である我が社の子会社の社長を務めている。

その子会社では、今後さらに手広く事業を展開したいと言う思いもあって、その一環で試験的にカフェを運営することになった。

人あたりも良く観察力・洞察力に優れている叔父が、取締役として本社に籍を置きながら、マスターとして店を切り盛りしている。


まだ試験的運用だから特に大々的に広告することもなくひっそりと存在するその店は、思いのほか居心地が良かった。

いつしか俺も、叔父からの報告を聞くという業務のためだけでなく、自分の心を癒やすために通うようになっている。


出張帰りのその夜、俺はいつもと同じように叔父のカフェへと足を踏み入れると、叔父はカウンターに座った若い女性と会話をしている最中だった。

特に気に留めることもなく、また、叔父から声を掛けられることもなくいつもの席へと腰をかける。


叔父は入店した俺に気付いていたのだろう、女性と会話をしながら、コーヒーを淹れる準備を始めた。

叔父の動作に気付いたのか、女性が言葉を切るのが分かる。
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